【新しいマイクを作る】言い間違いから始まった設計の話
マイクの歴史をさかのぼると、最初の「デジタルマイク」は1861年に生まれていた、、、という話があります。
フィリップ・ライスの単接点送話器。接点が閉じるか開くかの二値しかない、いわば1bitのマイクです。
ノイマンの技術者シュナイダーが2007年の論文で、純粋なデジタル変換器の唯一の現存例として紹介しています。
デジタルという言葉が生まれるより、ずっと前の話です。
さて。
今日は個人ブログカテゴリーということで、少し個人的な話をさせてください。
私はいま、マイクを自分で設計しようとしています。その出発点が、自分の言い間違いだったという話です。
「32bitフロート風のDSD」と言ってしまった
構想を練っていたとき、私は「32bitフロート風のDSDみたいな録音機を作りたい」と口にしました。すぐに指摘が入りました。
32bitフロートの本質は数値に指数部があること。
DSDの本質は1bitの並びで、指数部は存在しない。
だからその二つは原理的に両立しない、という技術的な指摘をAIから受けました。
なるほど、たしかにそのとおりです。
私も一度は納得しました。
ところが、AESの論文を調べていくと、おかしなことになりました。
シュナイダーの論文に、こうあったのです。
ゲインの違う二つのADCを組み合わせる方式、、、いわゆるゲインレンジング型のADCは、浮動小数点変換器の一つの実装形態である、と。
指数は2の0乗と2の4乗。
つまり業界では、感度の違う変換器を束ねる構造そのものを「浮動小数点」と呼んでいました。
市販の32bitフロートレコーダーが中でやっているのも、まさにこれです。
私はこの技術の応用というかそれを1bitでやるだけという認識でフロート風DSDという表現を使ったわけです。
このことは後にAIが訂正してくれたので問題ないでしょう。
訂正されたことよりも、調べたら訂正のほうが的外れだったという体験が、私にはずいぶん面白く感じられました。知識は、こうやって手を動かして調べた分だけ、自分のものになるようです。
思いつきは、45年前から続いていた
もう一つ、同じ種類の驚きがありました。
私の構想の最終形は、無指向性の小さな素子をたくさん並べて、空気の振動を直接デジタルの列として受け取るマイクです。
調べてみると、この考え方は1980年のフラナガンによるベル研究所の提案から続く系譜の中にある、と2006年の論文で紹介されていました。
ヘッドホンへの応用、スピーカーアレイへの応用、そしてマイクロフォンへの応用。
1999年には日本の研究者二人(YasunoとRiko)による、直接変換デジタルマイクの基礎概念という研究があり、振動膜そのものがデルタシグマ変調器の帰還ループの一部として働く実験が紹介されています。
膜が回路の外にいるのではなく、変換の輪の中にいる。
空気の動きが、そのまま1と0の列になる。
実はシュナイダーはこの方式の実現性に否定的です。
アナログの名機に並ぶには6桁の範囲で精度を出す必要があり、機械的に困難だと。
それでも私は、ここが目的地だと思っています。
遠いからこそ、途中の一歩ずつが全部記事になります。
揃えるべきは位相で、振幅ではない
設計条件も、数字ではっきり出てきました。
2006年の論文のシミュレーションでは、素子の周波数応答の振幅を20%ばらつかせても再構成波形はほとんど変わらないのに、位相を20%ばらつかせると高調波成分に漏れが出ます。
素子の個体差で気にすべきは感度ではなく位相だ、ということです。
そして、各素子から音源までの距離の差がサンプル周期を超えると、合成が破綻します。
96kHzなら許される経路長差はおよそ3.6mm。
DSD64相当の2.8MHzでは、およそ0.12mmしかありません。
コンマ1ミリの世界です。
素子が小さくなければ物理的に成立しない。
小さな素子を選ぶのは好みではなく、数字が決めることでした。
まず、1本の1bit列から
大きな話をしましたが、最初の一歩は小さくします。
PDM出力のマイク素子を1本だけ動かして、そこから出てくる1bitの列を受けて、記録する。
それが本当に音になっているのかを、自分の耳で確かめる。
ここが最初の到達点です。
ひとつ、頭の隅に置いている実測もあります。
2007年の聴取実験の紹介によると、再生帯域を100kHzまで広げた条件では、むしろ低いサンプリングのほうがアナログの基準に近いと判定されたそうです。
広ければ良い、細かければ良い、と単純にはいかない。
数字を追いかけながら、最後は耳で決める。
そのための道具を、これから少しずつ作っていきます。
PDM出力はデメリットもあります。
このあたり、進み具合は、このブログに書いていきます。ではでは。
参考資料
- John Willett, Digital Microphones – AES42 and All That, AES 24th UK Conference, 2011
- John Willett, Digital Microphones – What's it all about?, AES 130th Convention, Paper 8366, 2011
- Martin Schneider, Digital Microphones for High Resolution Audio, AES 31st International Conference, 2007
- Francis Rumsey, High Resolution Audio, J. Audio Eng. Soc. Vol.55 No.12, 2007
- Jorge Mendoza-López ほか, Sound Field Characterisation in Audio Reproduction with the Bit-Grouped Digital Transducer Array, AES 120th Convention, Paper 6835, 2006