RTK測位が当たり前になる時代に、個人ができる準備

はじめに

あなたは今日、どのくらいの精度で自分の居場所を知っているでしょうか。スマートフォンを開くと、地図上に青い点がピタリと出ます。あれは大抵、数メートルくらいの誤差のなかにある。普段、駅や店を探すぶんにはまったく問題ないその精度も、ある場面では「あとちょっと」が大きくものを言うことがあります。

たとえば、私が趣味でやっている家庭菜園の畑で、去年の同じ畝に今年もタネを蒔きたいと思ったとき。あるいは、野外で楽器を録音する際、前にいい響きが得られたマイクの位置を正確に再現したいとき、、、そんなとき、いわゆる「GPSの青い点」では少し心もとないんですね。

ところが最近、センチメートル単位で位置がわかるRTK測位という技術が、じわりじわりと個人の手の届くところへ降りてきているんです。これはもう、専門の測量士だけの道具じゃない。私たちの生活や趣味の中に、ごく自然に溶け込み始めているのを感じます。

さて、今日はこの「RTK測位が当たり前になる時代」に、個人としてどんな準備をしておけばいいのか、私なりの視点で書いてみようと思います。肩肘張らずに、一緒に考えてみてください。

「RTK」ってそもそも何なのか

RTKは「Real Time Kinematic」の略で、簡単に言うと、衛星からの電波を使ってリアルタイムでセンチメートル級の位置を知る技術です。ふだん私たちが使っているGPS(最近はGNSSと総称しますが)は、基本的に衛星から「自分はここにいるよ、いま何時だよ」という信号を受け取っています。ただ、その信号は大気の影響やら衛星の時計の僅かなズレやらで、どうしても数メートルの誤差が出てしまう。

そこでRTKでは、あらかじめ正確な位置がわかっている「基準局」というものを用意します。基準局も同じように衛星からの信号を受けて、「本来あるべき位置」と「測った位置」のズレを計算し、その補正情報をリアルタイムで移動局(あなたの受信機)に送ってあげるんです。すると、移動局はその補正をもとに自分の位置をピシッと数センチの精度で割り出せる、という仕組み。

補正情報をどう届けるかは、携帯電話の回線を使ったり、インターネット経由だったり、場合によっては専用の無線で飛ばしたり。最近では、準天頂衛星みちびきのCLASというサービスが、日本全国にセンチメートル級の補正を直接放送してくれていて、かなり敷居が下がりました。個人でも、ちょっとした受信機さえあれば、その恩恵を受けられるようになってきているんです。

考えてみてください。数メートルの誤差が、数センチになる。これ、数字の上では小さな進歩に見えるかもしれませんが、実際に使う場面では「世界の解像度」が一段上がるような感覚があるんです。

私が感じた「位置の解像度」が変わるとき

私は録音の仕事をしていることもあって、音の世界でも「位置」というのはとても大事です。マイクを数センチ動かすだけで、録れる音の表情はガラリと変わります。スタジオの中でミュージシャンの位置を変えたり、吸音パネルをほんの少し角度を変えて設置したりするとき、以前は巻き尺やレーザー距離計を使って、いちいち測ってはメモに残していました。アナログレコーダーのRevoxをメンテナンスするときも、ヘッドのアジマス調整なんて、まさにミクロン単位の位置決めの世界です。

そんなふうに、「ここだ」と思う場所を正確に記録し、後日まったく同じ状態を再現したいという欲求は、趣味の世界にもたくさん転がっています。

家庭菜園でもそうです。今年はこの畝できゅうりがよく育った、来年も同じ場所で連作障害を避けつつ土壌改良を重ねたい、と思っても、冬を越すとだいたいどこに畝があったか忘れてしまう。霜柱で土が動いたり、雑草が生えたりするからですね。そんなときに、春先の畑でRTK受信機をポンと立てて、「ああ、去年の根域はここからここまでだったな」とわかると、設計図を描くように畑と向き合える。これは小さなことですが、自然と対話するときの手がかりとして、とても心強いものです。

もうひとつ、芸術的な観点からも面白いと思うんです。たとえば、ある風景の中で特定の座標に立つと、風の音や気温の層が微妙に変わって聞こえることがあります。位置の解像度が上がれば、そういった「ここだけの体験」を保存し、共有することもできるかもしれない。写真や録音と位置情報を紐づけるだけじゃなく、その空間そのものを数値化して味わう面白さが、個人でも手軽にできるようになる気がしています。

あなたは、もし日常のあらゆる場所で、自分の位置が数センチの精度でわかるとしたら、どんなことに使いたいと思いますか。ちょっと想像してみてください。

個人ができる技術的な準備

さて、では具体的にどんな準備ができるのかを、いくつかの段階に分けて書いてみます。いきなり大掛かりな機材を揃える必要はまったくなくて、むしろ「まずは試しに」という温度感が大切だと私は思っています。

1. 手持ちの道具の精度を知る

最初の一歩は、いま自分が持っているスマートフォンの測位性能を知ることです。最近の機種は、L1周波数だけでなく、L5というより高精度測位に適した周波数にも対応し始めています。設定画面や専用アプリで、受信している衛星の数や種類を見ることができますから、まずはそれを眺めてみる。空が開けた場所と、ビルの谷間で、どんなふうに精度が変わるか、体感してみるのもいいですね。

2. 小さなRTK受信機を触ってみる

もしもう少し踏み込みたいなら、今は個人向けのRTK受信機が比較的安価に手に入ります。u-bloxのZED-F9Pといったチップを積んだ基板が、電子工作の通販サイトで買えるんです。私はこれを防水ケースに入れて、バッテリーと一緒に持ち運べるようにしました。アンテナはちょっと大きめのパッチアンテナを使うと、安定して補正がかかります。

ソフトウェアの面では、RTKLIBというオープンソースのツールが非常に頼りになります。パソコンと受信機をつないで、補正情報の流し込みや位置計算、ログの記録までできてしまう。設定項目は少し取っつきにくいかもしれませんが、解説してくれている親切なウェブサイトも多いので、少しずつ覚えていけば大丈夫です。

補正情報をどう手に入れるかですが、自分で基準局を立てる方法と、公開されている補正サービスを使う方法があります。みちびきのCLASは、対応受信機さえあれば追加費用なしでセンチメートル級の測位ができるのが魅力ですね。あるいは、民間のNTRIPキャスターというサービスが、有料で補正データを配信していたりもします。月額数百円から使えるものもありますから、趣味の範囲でも手が届きます。

3. 自分だけの基準局という選択

「ここを測るための基準がほしい」という場所があるなら、自分で小さな基準局を設置するのも面白い選択です。庭先やベランダの手すりにアンテナを固定して、その位置を数日間かけて正確に求めておく。そして、その補正情報をWi-Fi経由で庭仕事用のタブレットに飛ばす、なんてことを私も試しています。

ただ、基準局は安定した場所と、できれば常時電源、ネット接続が必要です。また、電波法の観点から、出力の小さな免許不要の無線機を使うか、あるいは携帯回線でインターネットに接続するのが簡単でしょう。そのあたりは、ちゃんと調べてから始めてくださいね。

4. データの保存と活用

せっかく精密な位置情報を手に入れても、それがただの数字の羅列ではもったいない。私の場合、菜園の区画データは地理情報を扱えるQGISというソフトで管理しています。ちょっと専門的に見えるかもしれませんが、地図の上に自分の畑のレイヤーを重ねるような感覚で使えます。録音現場のマイク配置も、ノートに手描きする代わりに座標で残しておけば、次回のセッティングが格段に早くなりますし、スタジオの音響調整の履歴としても面白い。

データの扱いに慣れてくると、「この場所のこの高さで収録した音」という、立体的なログが残せるようになります。それがのちのち、思わぬ創作のタネになることもあるんですよね。

思考の準備と、日常生活へのしみこませ方

機械やソフトの準備も大事ですが、私はそれと同じくらい、頭と感覚の準備も大切な気がしています。高精度な位置情報がいつでも手に入る社会になると、私たちの「場所」に対する意識そのものが変わっていくからです。

たとえば、いま私たちは待ち合わせのとき、「駅の改札を出て右」とか、「大きなポストの前」と言います。これは、数メートルの誤差があっても伝わる、いわば人間のための位置表現ですね。でも、もし家族や親しい友人と、センチメートル単位の位置を共有できるようになったらどうでしょう。「あ、いま家のポーチに着いたよ」「玄関の三和土の、タイルが欠けているところの上に立ってる」なんて会話が生まれるかもしれません。

そうなると、個人の生活空間がより細やかに記述されるようになり、ちょっとしたDIYや模様替えでも、「ここに穴を開けても大丈夫か?」といった判断が精密にできる。日々の行動記録を健康管理に活かすウエアラブルも、歩いた軌跡のフレが減れば、歩行の微妙なぶれから身体の変化を察知できるかもしれません。

芸術の分野では、位置情報を使ったインスタレーションや音楽作品がもっと手軽に、そして繊細になるでしょう。公園の特定のベンチに座ると、その場所にゆかりのある音がイヤフォンに流れてくるとか、散歩のルートによって物語が変わるような体験も、個人で設計できるようになる。

こうして考えると、準備とはなにも「機材を揃える」ことだけじゃないな、と思うんです。むしろ、「自分のいる場所をもっと深く感じ取ろう」とする好奇心のほうが、実は本質的な準備なのかもしれません。

ゆっくりと、しかし好奇心を持って

とはいえ、あれもこれもと急ぐ必要はまったくありません。私も最初は、ちょっとしたガジェット好きの延長で、安いGPSモジュールをArduinoにつないで遊んでいただけでした。それがいつの間にか、庭の畝の記録になり、録音の現場で三脚の足の位置を決める道具になり、そして、地元の風景の定点観測のようなことにも使うようになった。

大事なのは、技術を「使いこなさなければ」と力むよりも、「これで何が面白くなるだろう」と、遊び心を持って触ってみることだと感じます。RTK測位は、まだ完璧にすべての人に行き渡っている技術ではありません。しかし、その波は確実に、個人の手のひらまで届きつつあります。

まずは外に出て、自分のスマートフォンで空の見え方と測位精度の関係をなんとなく感じてみる。あるいは、興味があれば小さな受信機キットをひとつ買って、休日にピクニックがてら試してみる。そうした小さな積み重ねの先に、きっと「これ、当たり前だね」という未来が待っているんだろうと思います。

ではでは、最後にまた、あなたに問いかけてみますね。

センチメートル単位の正確さで、自分の居場所がわかるようになったとき、、、あなたはその位置情報を使って、どんな小さな豊かさを育ててみたいですか。今日のお散歩で、そんなことをぼんやり考えてみるのも、立派な準備のひとつかもしれませんよ。

記事一覧