手のひらサイズの位相制御アレイ「QuadRF」が見せる電波の世界
Wi-Fiの電波は電子レンジと同じ2.4GHz帯を使っているというのはよく知られた話です。
でも、5GHz帯も実は同じISMバンドで、調理には向かないものの、通信には非常に頼もしい周波数帯。
この5GHz帯をまるで手に取るように可視化してしまうガジェットが、海外の技術者コミュニティで話題になっています。
先日、Jeff Geerling氏がレビューしたことで一躍注目を集めた「QuadRF」。
位相制御アレイアンテナを搭載したオープンソースの携帯型RF分析ツールです。
今回はその仕組みと、技術者として感じた魅力について書いてみたいと思います。
位相制御アレイアンテナという考え方
QuadRFの心臓部は、多数の小さなアンテナ素子を並べた「フェーズドアレイ」です。
各素子に送る信号の位相をピコ秒単位でずらすことで、電波のビームを電子的に操ることができます。
これはレーダーや衛星通信でよく使われる技術ですが、QuadRFではFPGAとRaspberry Pi 5を組み合わせて、それを手のひらサイズに収めました。
アンテナは機械的に動かさずとも、ソフトウェアで「見る方向」を変えられる、いわば「電波のカメラ」です。
5GHz帯のWi-Fiパケットを壁越しに覗いたり、空飛ぶドローンを追跡したりできるのは、このビームフォーミング能力のおかげです。
ラズパイ5のMIPIレーン活用術
このデバイスでもう一つ興味深いのが、Raspberry Pi 5のMIPIインターフェースをSDRのI/Qデータストリーミングに使っている点です。
カメラやディスプレイを繋ぐためのMIPIは、5Gbps超の帯域と低レイテンシを確保でき、USBより信頼性が高い。
QuadRFはFPGAでダウンコンバートしたI/Q信号を、Piのカメラ用コネクタに流し込むことで、数百MSPSの連続サンプリングをドロップアウトなしで実現しています。
さらに、この手法ならPCIeポートを空けられるので、高速ストレージやネットワークとの組み合わせも自由。
こうした「逆転の発想」がオープンハードウェアの醍醐味ですね。
実演:壁越しのWi-Fiとドローン追跡
Geerling氏のテストでは、QuadRFがスタジオの壁越しに5GHz Wi-Fiネットワークを淡い青色の「しみ」として表示し、隣家のWi-Fiは赤や緑に光る様子が紹介されました。
また、DJI Mini Pro 4を遠くへ飛ばした際も、問題なくその機影を捉え続けます。
ただし距離が離れるにつれて、手動でゲインを上げる操作が必要で、屋外での携帯時のUIにはまだ改善の余地があるようです。
AGC(自動利得制御)が実装されれば、さらに直感的に使えるようになるでしょう。
オープンソースが見据える先
QuadRFの開発者Martin McCormick氏は、かつてSpaceXでStarlink端末「Dishy」の設計に携わった人物。
今回のプロジェクトには、複数台を連結して月面反射通信(EME)や電波天文学に使う壮大なビジョンがあります。
スケーラブルな位相制御アレイというアイデアは、オープンソースならではの広がりを持っています。
現時点ではUIに粗さはあるものの、Wi-Fiの電波強度をARで可視化するアプリや、GNU Radioとの連携など、実験の土台は十分。
$499からのクラウドファンディングも順調で、量産に向けた改良が進んでいるそうです。
さて、電波は目に見えませんが、それを可視化し、操る技術はどんどん身近になっています。
技術とは本来中立的なもの。
使い方次第で監視の道具にも、未知の探求の相棒にもなる。
QuadRFは、そんなことをしみじみ考えさせる、小さくて大きなガジェットです。
月と交信する日が来るかもしれない、そう想像すると、なんだかワクワクしませんか。