ゼロから組み上げた人工細胞が、成長し分裂した
生命は無生物から生まれる、アリストテレスはそう考えましたが、近代科学は、約40億年前の原始の海で単純な分子が集まり、最初の原始細胞が自然に発生したという説を支持しています。
そして2026年、実験室の中で、研究者たちが非生命の部品を一つひとつ組み立て、成長し分裂する「人工細胞」を作り出すことに成功しました。
これは「生命を創る」という合成生物学の夢への、大きな一歩と言えます。
ゼロからの細胞作り
米ミネソタ大学のケイト・アダマラ博士が率いるチームは、細胞を構成するあらゆる部品を実験室で用意しました。
基本構造は、脂質の膜でできた小さな袋(リポソーム)です。
この中に、最小限の遺伝情報を書き込んだ合成ゲノム、DNAを複製するための酵素群、そしてDNAからRNAへ転写しタンパク質を合成する装置(リボソームや転移RNAなど)を封入しました。
複製システムは、ドイツのハンネス・ムチュラー氏らが開発したものを、また転写・翻訳系は市販の酵素セットを基礎に最適化して利用しています。
各成分の濃度やタイミングを緻密に設計することで、複製と転写が互いに干渉しないよう工夫しました。
ゲノムには代謝や防御といった複雑な機能の遺伝子は意図的に含めず、自己複製と分裂に必要な情報だけを書き込みました。
成長と分裂の鍵
この構成だけでは、細胞は自力で生きられません。
燃料も部品も外から補給する必要があります。
チームは、糖や脂質、追加の酵素、リボソームなどを詰めたリポソームを「補給パック」として用意し、細胞膜に埋め込んだタンパク質を改変して、このパックと融合する仕組みを作りました。
融合が起こるたびに、内部へ材料が放出され、細胞はDNAを複製して大きくなっていきます。
問題は分裂です。
自然の細胞は、細胞骨格と呼ばれるタンパク質の網目を巧みに操り、DNAを分配し膜をくびらせます。
しかし、この複雑なプロセスを再現するのは長年の壁でした。
アダマラ氏らは、思い切って自然の仕組みを簡略化し、微小管やアクチンフィラメントのような構造をすべて排除。
代わりに、膜を変形させる単一のタンパク質を導入することで、細胞が伸び、真ん中がくびれ、最終的に二つの娘細胞に分かれる様子を実現しました。
この瞬間は顕微鏡で克明に記録されています。
生命の最小要件を探る
もちろん、この細胞はまだ「生きている」とは言えません。
自前の代謝系を持たず、老廃物を排出する仕組みも、外的ストレスから身を守る術もありません。
リボソームさえ外部供給に依存しています。
しかし、非生命の材料からこれほど生命に近い振る舞いを引き出せたことは画期的です。
シカゴ大学のジャック・ショスタク博士は「これほど先へ進んだ人工細胞の構築例を他に知らない」と評価し、オランダのシステム化学者シーホレン・オットー博士は「生命の聖杯にかなり近づいた」と述べています。
アダマラ氏自身は「生物学は他に何ができるのか」と問いかけ、薬剤生産やバイオ燃料、病気の研究への応用を見据えています。
単純化された設計だからこそ、部品を自由に交換し、望みの機能を持たせることができると期待されています。
こうした試みは、私たちに「生命とは何か」という問いを改めて投げかけます。
単に部品が揃えば命は宿るのか、それとも、まだ気づかぬ何かが必要なのか。
少なくとも、非生命と生命の境界は、研究者たちの手によって少しずつ塗り替えられつつあります。
その行方を見守るのは、なかなかに心惹かれることです。