民間機墜落とGPS妨害、空の見えない脅威を技術者の視点で読み解く
よく晴れた夜空に、私たちは何気なく飛行機の灯りを見上げるが、その安全な飛行は、実は耳には聞こえない“電波の道しるべ”に大きく依存している。
GPSの信号は、約2万キロメートル上空の衛星から届く、極めて微弱な電波。
その強度は、月明かりの半分以下とも言われ、ちょっとした妨害波でいとも簡単にかき消されてしまう。
そんな微弱な電波が、今年5月、米国ニューメキシコ州で起きた民間医療機の墜落事故に深く関わっていた、。
軍のGPS妨害訓練が、数百キロ離れた空域で飛行していた航空機の航法を狂わせ、山腹への衝突を招いたのだ。
米国でGPS妨害が民間機の致命的な事故に結びついた初めてのケースとして、いま海外の技術者たちの間で大きな波紋を呼んでいる。
GPS航法とその脆さ
現代の航空機は、GPSを利用したRNAV(広域航法)と呼ばれる方式で、コンピューター画面上のマゼンタ色の線をなぞるように飛ぶことができる。
かつてパイロットは、地上の無線標識(VORやNDB)や磁気コンパス、慣性航法装置を駆使して、頭の中に3次元の地図を描きながら手動で針路を保っていた。
それがGPSの登場で、誰でも容易に正確な航路をたどれるようになった。
まさに技術の進歩がもたらした安全性と効率の恩恵である。
しかし、この便利さの裏には大きな落とし穴がある。
GPS信号は宇宙から届くあまりに微弱な電波であるため、同じ周波数帯の強いノイズを受けると、受信機は衛星を見失ってしまう。
いわゆる“ジャミング(妨害)”だ。
出力の大きな送信機を使えば、数百キロ先まで影響が及ぶことも珍しくない。
GPSが使えなくなった瞬間、空の道しるべは音もなく消え去る。
なぜ“見えない壁”が生まれるのか
軍は、電子戦の訓練として敵のGPSを無力化する技術の演習を定期的に行っている。
今回問題となったニューメキシコ州のホワイトサンズ・ミサイル実験場で行われた「NAVFEST」もそのひとつで、空軍の部隊がGPS妨害装置を実際に作動させていた。
連邦航空局(FAA)は事前に航空関係者へ注意喚起(NOTAM)を出していたが、広範囲に及ぶ影響を完全に予測することは難しい。
訓練が始まった深夜、ロズウェルを離陸した双発のキングエア医療機は、GPS信号を失い、RNAVでの進入を断念。
管制官に方位指示を仰ぎながら、旧来の計器着陸装置(ILS)を使ったアプローチに切り替えようとした。
しかし、若いパイロットたちは平時ほとんど使わない無線標識の読み取りに不慣れで、同時に管制官も他のGPS喪失機への対応に忙殺されていた。
次第に空間識失調に陥り、機体は針路を逸れて山腹に激突した。
電子戦時代の空の安全を考える
ドローン戦や電子戦の拡大に伴い、戦場から遠く離れた民間機までもが、意図せぬ“巻き添え”を受ける時代が来ている。
GPS妨害はもはや一部の軍事作戦だけの話ではなく、航空会社やパイロットにとって切実なリスクだ。
もちろん、旅客機には慣性航法装置などバックアップがあるが、小型機では装備が限られるし、何よりパイロットが古い航法に習熟していなければ宝の持ち腐れである。
技術者として思うのは、こうした事態を「妨害が悪い」「訓練をやめろ」と単純に非難するだけでは解決しないということ。
軍事演習の必要性と民間航空の安全をどう両立させるか、むしろシステム全体の冗長性を高める方向へ議論を進めるべきだろう。
たとえば、地上の無線標識を再評価したり、GPS信号の補強システム(SBAS)の活用を広げたり、あるいは新たな航法手段の研究も欠かせない。
空を飛ぶという行為は、古来、人間の憧れであり続けた。
その夢を支える技術が、あまりに見えない糸に頼りすぎていないか。
事故の教訓は、私たちにそう問いかけているように思えてならない。