「大切なのは疑問を持ち続けること」、Discovery Loopの目指す自動実験ループ
アインシュタインの言葉に「大切なのは、疑問を持ち続けることだ」というものがあります。
疑問を持ち、仮説を立て、実験で確かめる。
この科学の基本は、私たち人間に深く刻まれた知の営みです。
しかし、その繰り返しはどうしても人手に頼る部分が多く、時間がかかるのが悩みの種でした。
とりわけ、ディープラーニングの研究ともなれば、一つの実験に何日もかかり、その結果が次の問いを生むという繰り返し。
論文を読んでは実装し、ハイパーパラメータを調整し、うまくいかなければまた別の論文を読む。
そんなサイクルに、世界中の研究者が忙殺されています。
さて、いま海外の技術者コミュニティで話題を集めている「Discovery Loop」というプロジェクトがあります。
これは、まさにその“疑問→仮説→実験→検証”のループを、最新のAIと大規模計算インフラを使ってまるごと自動化してしまおう、という野心的な取り組みです。
筆者も初めて耳にしたときは、つい数十年先の話かと思いましたが、よくよく資料を読むと、すでにかなり具体的な道筋を描いている。
しかも立ち上げたのは、あのGoogleの基盤技術を築いてきた面々だというから、なんだか空恐ろしくもあり、わくわくもします。
このDiscovery Loop、まだ設立されたばかりの組織ですが、いま海外の技術ブログやSNSで盛んに取り上げられているのは、その中心人物の豪華さゆえでしょう。
自動化される実験のループ
従来の研究開発では、研究者が仮説を立て、実験を設計し、実施し、結果を分析して、次の仮説へとつなげます。
このサイクルそのものは、何百年も変わらない普遍的なプロセスです。
効率を上げるために自動化できる部分はもちろんありました。
たとえば、実験データの収集や解析にスクリプトを組むのは今や当たり前です。
しかし、仮説を生み出すところ、つまり「次に何を試すか」の意思決定は、依然として人間のひらめきや経験に頼らざるを得ませんでした。
Discovery Loopが目指すのは、このループをそっくりAIに任せること。
たとえば、機械学習の分野なら、新しいニューラルネットワークの構造をAIが自動で提案し、大規模な計算機クラスタで学習・評価し、その結果を次の提案にフィードバックする。
これを何千、何万と並列で回せば、まるで進化を何億倍にも早送りしたかのような速度で、最適なモデルやアーキテクチャが見つかるかもしれません。
しかも、単に速いだけでなく、人間が思いつかなかったような意外な解を掘り当てる可能性も秘めています。
これは、人間が「考える」工程そのものをAIに委ねるという、大きな飛躍です。
なぜ機械学習から始めるのか
面白いのは、彼らがまず「自分たち自身を最初の顧客にする」と明言している点です。
つまり、機械学習の研究開発を自動化する仕組みを、まず機械学習そのものの改良に使う。
これには二つの狙いがあります。
一つは、自分たちが最も得意とする領域なので、早期に成果を出しやすい。
もう一つは、この取り組みによって得られた知見や自動化ツールを、次の段階で他の科学分野へ横展開するための“プロトタイプ”として使えるからです。
自らの開発速度を高めつつ、その成果を他分野に転用する。
まさに「自分を食べて成長する」ような、効率のよいサイクルを描いているわけです。
たとえて言うなら、大工道具を自動で改良する機械を最初に作り、それでさらに優れた大工道具を作り出すようなもの。
ちょっと自己循環的ながら、着実に階段を上っていく戦略です。
机上の空論ではなく、実際に巨大システムを回してきた人たちならではの現実的な入り口と言えるでしょう。
そして壮大な挑戦へ
彼らが最終的に見据えるのは、機械学習を超えた「壮大なる課題」です。
全米技術アカデミーが掲げる「太陽エネルギーをもっと経済的に」「きれいな水へのアクセスを」「サイバー空間の安全を」といった、人類全体にかかわる難問群。
これらの課題は、気の遠くなるような試行錯誤を必要とします。
たとえば新薬の開発では、何十万もの化合物を調べ、その効果と副作用を慎重に検証しなければなりません。
これらは一朝一夕に解けるものではありませんが、自動化された探究の輪が常時まわり続ければ、何年もかかる試行錯誤が数週間に圧縮されるかもしれません。
しかも、AIが突然、人間には想像もつかないような新素材や反応経路を提案してくる可能性だってある。
それは、まるで異星人の知恵を借りるようなものです。
そんな世界が実現すれば、科学と技術の恩恵を、より早く、より多くの人に届けられるようになるでしょう。
なんだか夢物語のようにも聞こえますが、立ち上げメンバーを見ると、単なる夢ではなさそうです。
TensorFlowやMapReduce、Spanner、TPUなど、現代の巨大システムを実際に設計し、動かしてきた人たち。
「現場を知る巨人たち」とでも呼びたくなるような顔ぶれです。
彼らが本気で取り組むなら、静かに、しかし確実に、私たちの「発見のしかた」そのものが変わっていくのかもしれません。