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【久しぶりにすべて手動執筆】AI時代の音楽家の仕事

今日は適当なコラムであります。
AIが自走学習を始め、2026年時点でClaudeの開発はほぼ80%をAIが担うようになって、じゃあ人類のテクノロジーはどこに向かうんだ?仕事がなくなるぞ!と大変な時代に突入したかのように騒がれている。

しかし、筆者は個人的に何も心配や不安は感じない。
確かにプログラマーは雇用されなくなり、アメリカの投資系バラエティー番組のマッドマネーでも、ソフトからハードへと叫ばれている。

振り返ってみるとこれは人類が長い歴史の中で繰り返してきた事実であるわけです。

わかりやすい最新の例で言うとお金でしょうか。
お金の発明によつて人類は価値を保存することを学び、取引の効率性を生み出しました。

もっと大きなところでいうと、産業革命でしょうか。
産業革命時は労働者が不要になり、失業者があふれると世界中が不安になっていたことでしょう。

今回も同じ。
AIが出てきました。
これはまさに革命的ですよね。

これら人類が生み出した革命的なテクノロジー転換時期には総じてテクノロジーは何を奪い、何を与えてきたのか?

答えは非常に簡単です。

何を奪い、何を与えてきたのか?

答えは何も奪っていません。
そして時間を与えてくれました。

人類はテクノロジーの過渡期に時間を与えられてきました。

専業主婦がまさにそうでしょう。

昔は1日の家事をこなすなんてことは、それこそ効率性を確保するためのスキルもふくめて一生を費やすに相当する労力と(人によっては)苦労と努力が必要でした。

冷蔵庫や電子レンジ、食洗機などの古典的な産業製品はもちろんですが、IoTを使った技術革新もあり、現代人はほとんど家事をしなくても済むようになりました。

これによって生み出された、そしてテクノロジーに与えてもらった時間をどう活用するか、というのが人類の課題であり、それをどう活用するかは個々それぞれの価値観や哲学によって処理されるわけです。

今の時代のAI革命も然りです。

今の時代のAI革命も同様です。ほんの数年前、数十年前までは社会に出るために必須だったプログラミング言語の学習も、膨大な学習時間を削減できるようになりました。

もちろん、処理のフローなど基礎的な知識は最低限必要ですが、膨大な行数のコードからバグを見つけたり、修正方法を探したり、ライブラリのドキュメントを読み込んだり、APIのエンドポイントを探したりする必要は、現代では大きく減っています。

では、この与えられた時間をどのように活用するのか??

この俯瞰的なテーマを掲げることで、人類の現在地が産業革命の時と全く同じ座標に人間が立っていることが浮き彫りになってきます。

皆さんはAI革命で手に入れた時間を、どのように活用していますか?

私が一つ感じること、そして投じている時間というのが、哲学、つまりフィロソフィーの分野です。
何のために生き、どこに向かって生き、生きるとは何か、そして死ぬとは何か、という人間が根幹的且つ本能的に追い求める哲学に時間を費やせるような時代になったということです。

音楽家の仕事

現段階では、AIの力によって音楽家の仕事が奪われてしまうのではないか?という懸念を感じている人も多いかもしれません。
多くのAIプラットフォームの広告では、「もはや音楽家が作ったのかAIが作ったのかの区別をプロでも見分けられない」といった訴求をよく見かけますよね。

しかし、実際のところ、やはりAIには芸術の生成は難しいということが現在地であると言えます。

AIにとって最も苦手なことは何でしょう。
それが創造性です。
つまり、例えば朝比奈孝太郎という1人のアーティストを定義するために膨大な資料が必要ですが、朝比奈孝太郎を1つ定義するためには、まさに現在の生成AI、機械学習をベースとしたモデリングAIには実装し得ない人工知能の領域が必要になるわけです。

人間とは何か?について定義する必要があります。

おそらく機械学習ベースのヒューマンモデリングAIと人工知能の区別がついていない方も、もしかしたらいるかもしれません。そのあたりは別の機会にYouTubeなどで発信したいと思いますが、人工知能の実装が人類にとって可能な領域になったとき、そのときにはまた音楽家の仕事や芸術家の仕事に変化が訪れるのではないかと思います。

現段階では、人間が人間のために作るものが芸術であり、音楽であり、ということです。

この「人間のために」というところがミソになるかと思います。

ここからさらに俯瞰して考えると、人間はこれまで長い歴史の中で神のために音楽を作ってきました。
神のために音楽を捧げるという哲学を持つのか、それともただそこに存在するだけの音を生成するのかの違いが、生成AI、または人工知能がもしできたとしてもその人工知能が作った芸術と人間そのものが作った芸術との大きな違いであり、差になってくるわけです。

このように書くと、「神とは何か」という定義の問題が発生してくるかと思います。神とは何かについての定義は、人それぞれ価値観があることでしょう。

私が最も俯瞰的に定義するとすれば、神とはシステムであると言えます。

なので、AIが……いえ、人工知能ですね、人工知能が「神のため」つまり「システムのため」に音楽を生成し始めた瞬間、人間の音楽家は必要なくなってしまいます。

そういう時代になるには、あと50年から100年ぐらいは時間がかかるでしょう。というわけで本日は生成AIを一切使わずに全て私の言葉で書いてみました。

皆さんの考えるきっかけになれば幸いです。
それではまた次回お会いしましょう。