家庭菜園はじめました〜その2:Wageningenの研究

家庭菜園はじめました〜その2:Wageningenの研究

Posted on 2026-05-07 with 家庭菜園はじめました〜その2:Wageningenの研究 はコメントを受け付けていません

前回の記事でもお伝えしましたが、今年から家庭菜園を始めました。
こういうことやりだすとはまりやすいのが筆者です。
そして、こういうことは論理的に考察しないと気が済まないのも性分でしょうか。
今日は、オランダの研究やM5を使った制御のアイディアまで考察していきたいと思います。

現在、自宅のスペースで、トマト、ピーマン、パプリカ、キュウリ、それからハーブ類を育てています。来年以降は M5Stack やラズパイを使って栽培環境の自動化に踏み込む予定なんですが、今年はあえて手動でやっています。
理由は単純で、自動化するためのアルゴリズムは、手動で観察した経験がないと書けないからなんです。

そんな中で、改めて家庭菜園の世界的潮流を調べていたら、オランダがやはりとんでもないところまで進んでいました。
10年前くらいのオランダ最新研究の理論書で「オランダは1平方メートルあたりトマト200個収穫」と聞いて驚いていたんですが、今はもうその先の話をしています。
今回は黒マルチ、シルバーマルチの使い分け?とか、酢を混ぜましょう!?とかそういう話じゃなくて、その「先の話」を、論文ベースで整理してみます。

旧来式と最新オランダ式は、何が違うのか

家庭菜園の本を読むと、たいてい「石灰を入れて pH を整えましょう」「黒マルチで地温を上げましょう」「定期的に追肥しましょう」と書かれています。

もちろんこれらは間違いではないんです。

ただ、Wageningen University & Research(WUR)周辺の最新研究を読むと、考え方の階層がひとつ上にあることがわかります。

旧来式の発想は「資材を入れる作業」が中心です。

カレンダーに沿って石灰を撒き、追肥をし、マルチを敷く。
一方、最新のオランダ式は「植物の反応を見て、環境を制御する」という発想です。
WUR が打ち出している “Measure, Control, Grow”(測って、制御して、育てる)というキーワードに集約されます。

葉面積、節数、果実数、蒸散量、EC、pH、VPD、PAR ―― これらを連続的に観測して、植物の状態そのものを判断基準にする。

つまり、「石灰を入れたか」ではなく「pH が今どうなっていて、作物がどう反応しているか」で判断する。

「追肥したか」ではなく「着果負荷と葉色と伸長から見て、今の窒素は足りているか」で判断する。

この切り替えが、オランダ式の核心なんです。

さすがはプログラミング言語Pythonを生み出した国であり、ハーブの栽培世界一を誇るオランダならではの感覚です。

これは家庭菜園にもそのまま持ち込める発想ですが、もちろん今ある資材を全部捨てる必要はなくて、「なぜ今これをやるのか、植物の状態から説明できるか」を自問するだけで、一気にオランダ的になります。

いずれ世界中の人がやることになる家庭菜園ですから、今のうちから理論武装し、プログラミングコードを整理しておくといいかもしれませんね。

押さえておきたい5つの理論軸

最新研究を横断して読むと、5つの軸が見えてきます。

ひとつ目は、植物フィードバック制御
環境を一定に保つのではなく、植物の反応を見て環境のほうを動かす。

ふたつ目は、動的栽培
株間や光量や水分を、生育ステージごとに変える。
最初から最後まで同じ管理で通すのは、合理的じゃないという見方です。

みっつ目は、群落内部への光分布
トップから光を当てるだけでは、上位葉が飽和して下位葉が遊んでしまう。
葉層の中まで光が抜ける樹形を作ることが重要です。

よっつ目は、水分振幅の最小化
「乾いたらドカッと水をやる」ではなく、「乾き切る前に小さく戻す」。
特にキュウリでこれが効きます。

いつつ目は、source-sink balance
葉と茎と根(供給側)と、果実と新梢と花(需要側)のバランスを取る。
元気だから実をたくさんつける、ではなく、供給側のキャパシティに合わせて果実負荷を決める。

紹介する論文 ― 全体像をつかむための文献

1. Measure, Control, Grow(WUR)

URL: https://edepot.wur.nl/698708

WUR が “Autonomous Greenhouse Challenge” を通じてまとめた、自律温室の総括資料です。
レタス栽培で、機械学習アルゴリズムが熟練栽培者を上回ったことが報告されています。

家庭菜園にそのまま落とせる話ではないんですが、「測定 → 制御 → 成長」というループの設計思想を理解するには、まずここを読むべきです。

2. Some recent developments in controlled-environment agriculture(Taylor & Francis, 2024)

URL: https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14620316.2024.2440592

CEA(Controlled-Environment Agriculture, 環境制御農業)の最近のレビューです。
オランダ温室の主要作物の収量推移グラフがわかりやすく、なぜオランダがここまで来たのかの構造が見えます。
家庭菜園との距離はあるんですが、どの方向に進化しているかを俯瞰するには最適な一本です。

紹介する論文 ― 作物別の最新知見

3. トマト:far-red を加えると収量が16%増える(Frontiers in Plant Science, 2025)

URL: https://www.frontiersin.org/journals/plant-science/articles/10.3389/fpls.2025.1618171/full

WUR の Horticulture and Product Physiology 部門による2025年の論文。
補光LEDのスペクトルに含まれる far-red(700〜800nm)の比率を変えて、トマト果実収量を調べたものです。
FR比率を 0.22 から 0.40 に上げると、収量が16%増加。
ただし 0.40 を超えると逆に減少する、という用量反応曲線が示されました。

これ、施設栽培の話なので家庭菜園にそのまま持ち込めるわけじゃないんですが、将来的に部屋を一つ確保できるのであれば完全に環境制御できた室内での栽培がやはり理想です。

天気のような計画性のない不確実要素に栽培を頼るというのはやはり合理的じゃありませんよね。

また、今回のLED波は、屋外で太陽光を浴びている植物には、far-red はもう十分に届いています。
ただ、ここから引き出すべき教訓は別にあって、「トマトの収量増加の主因が、葉1枚ごとの光合成速度ではなく、植物全体の乾物生産量の増加だった」 という点です。
つまり、株を大きく丈夫にして、果実に物を送れる体を作ることが、収量を決めるんです。

家庭菜園に翻訳すると、「葉を減らしすぎない」「過繁茂にしない」「果房まわりの受光を確保する」という、ごく基本的な作業の重要性がわかります。

4. トマト:群落内照明で収量17%増(Nature Scientific Reports, 2024 / HortScience, 2024)

URL: https://www.nature.com/articles/s41598-024-69210-z URL: https://journals.ashs.org/view/journals/hortsci/59/3/article-p421.xml

トップから光を当てる従来の補光に対して、群落の中段にもLEDを入れる “intra-canopy lighting” を比較した研究です。

トップ光の33%を群落内照明に置き換えると、トマトとキュウリの両方で平均17%の増収。

さらに高光量条件では20〜24%まで伸びました。

これも施設栽培の話ですが、家庭菜園で重要なのは「株を高く伸ばすことより、中下段まで明るい株にすることが大事」というメッセージです。脇芽処理や摘葉を「教科書通り」で済ませるのではなく、昼に株の前に立って、果房まわりに光が入っているかを目視で確認する。

これだけで、整枝の意味が変わってきます。

5. キュウリ:インテリジェント灌水で水利用効率15.6%改善(PLOS ONE, 2024)

URL: https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0311699

Behzadipour らによる、温室キュウリの灌水システム比較研究です。

土壌水分センサーに基づく自動灌水システムと、従来の慣習的灌水(CFI)を比較したところ、水使用量を抑えつつ、水利用効率(WUE)が15.6%改善。

さらに、灌水周期を長く取って乾燥を入れた区では、果実重量・長さ・硬さがすべて低下し、7日周期では果実形成自体が著しく崩れました。

この論文の家庭菜園的な含意は明快なんです。

キュウリで「乾かして根を張らせる」をやってはいけない
キュウリは高頻度・小振幅の水分管理に向く作物なので、「乾く前に少し戻す」を徹底する。
これは将来の自動化のときにも、そのままセンサー設計に直結します。

6. パプリカ:far-red 添加で赤果収量33%増、ただしカロテノイドは減少(Frontiers in Plant Science, 2022)

URL: https://www.frontiersin.org/journals/plant-science/articles/10.3389/fpls.2022.938199/full

Kim らによる、スイートペッパーの補光研究。
赤青LED(RB)の群落内照明に対して、far-red を加えた区(RBFR)では、赤果で総収量33%増、黄果で21%増という結果でした。
ただし、カロテノイド含量はRB単独より低下。

つまり収量とフィトケミカル含量にトレードオフがあることを明確に示しています。

「何を最大化するか」を先に決めないと、最適な管理が決まらない。

これ、家庭菜園でもそのままです。たくさん採りたいのか、味と栄養を濃くしたいのか。

両方追えると思いがちなんですが、研究レベルでは両立しないこともある。

これは知っておくべきです。

7. ハーブ:白色LEDに deep red と far-red を足すと、生育・葉色・栄養がすべて改善(Nature Scientific Reports, 2025)

URL: https://www.nature.com/articles/s41598-025-15352-7

CEA環境下で、白色LEDを基準として、deep red(660nm)と far-red(730nm)を追加したスペクトル制御の研究。

葉数、葉面積、生体重、乾物重、クロロフィル含量、窒素含量、すべてで最良の結果が出ました。

ハーブの多収化は、肥料の問題ではなく、「光量 × スペクトル × 草姿」の問題として解かれているんです。

屋外栽培なら太陽光があるのでスペクトル制御は不要ですが、室内育苗や半屋内栽培をするなら、白色LED単独より赤成分を強めたライトのほうが有利、という設計指針はそのまま使えます。

旧来式と最新式の対応表

論点旧来式最新オランダ式家庭菜園での実装
石灰とりあえず入れるpH と作物反応を見て補正土壌pH測定後に判断、毎年の慣性投入をやめる
追肥カレンダーで追う着果量と水分状態に応じて可変花房数、葉色、伸長、果実肥大で量を決める
黒マルチ雑草・地温対策根域水分・温度の安定化灌水の安定化とセットで使う
整枝・摘葉慣習通り群落内部の光分布最適化葉を「数」ではなく「光」で管理
水やり朝夕の習慣土壌水分の振幅管理鉢重量・水分計で「乾き切る前に戻す」
多収化肥料を増やす光・水・果実負荷・株間の整合肥料増量より先に受光と着果バランス

M5Stack を使った栽培制御アイディア

ここからはエンジニア向けの話になります。
今年は手動で観察ログを取りますが、それは将来の自動化システムの教師データのベースにできればと考えています。

手動ログとセンサー項目を最初から対応づけておくと、来年からのシステム構築が一気に楽になります。

第1段階:観測専用ノード(M5Stack Core2 + ENV/SOIL ユニット)

最低限揃えたいセンサーは、気温、相対湿度、土壌水分、土壌温度、PAR(光合成有効放射)、CO2 です。
M5Stack のエコシステムなら、ENV.IV ユニットで気温・湿度・気圧、SOIL ユニットで土壌水分、TVOC/eCO2 ユニットで CO2 まわりがそれぞれ取れます。

PAR センサーは ALS(環境光センサー)で代用するか、Apogee などの専用センサーを ADC で読みます。

データは MQTT で Raspberry Pi のブローカーに飛ばして、InfluxDB に時系列で蓄積、Grafana で可視化、というのが手堅い構成です。

第2段階:VPD と土壌水分振幅の自動算出

気温と相対湿度から VPD(飽差)を計算するのは難しくありません。

ただ、家庭菜園で本当に効くのは、VPD の絶対値より「VPD と土壌水分が同期して動いているか」のほうです。

VPD が上がっているのに土壌水分が落ちていないと根腐れリスク、逆に VPD が低いのに土壌水分が急落しているなら、葉面積が過大か根が傷んでいる可能性がある。

このへんの相関を見るためにも、最初は 生のログを溜めることに集中するのが正解です。

最適化アルゴリズムは、データが溜まってから書きます。

第3段階:閉ループ灌水(来年以降)

PLOS ONE のキュウリ論文が示した「水分振幅を小さく保つ」を、家庭菜園で再現する場合、土壌水分の閾値2点(下限と上限)を決めて、下限を割ったら少量だけ灌水、上限まで戻ったら停止、という単純なヒステリシス制御で十分機能します。

M5Stack から DC ソレノイドバルブを駆動するだけなので、ハード構成も軽い。

ただ、これを来年いきなり全自動でやるのではなくて、今年の手動ログから「うちのキュウリは土壌水分が何%まで落ちると葉がしおれ始めるか」という固有値を取っておくことが超重要です。

論文の数値はそのまま使えません。

土の種類、鉢のサイズ、品種、すべて違うので、自分の環境の固有値を持つこと。

第4段階:source-sink を見るための画像ログ

これは少し先の話なんですが、UnitV2 や ESP32-CAM で日次の株姿を撮影して、葉面積指数や着果数を画像から推定する、というのが次のフロンティアです。

Wageningen 系の研究はこの方向に向かっています。

家庭菜園レベルなら、毎日同じ時刻に同じアングルで写真を撮るだけでも、自分の目では気づかない変化が見えてきます。

画像認識のAPIもかなり進化していますので、claude codeなどで実装すれば、かなりの精度のデバイスが完成するのではないかと考えています。

これもヨーロッパのぶどう農家などは、2017年あたりからドローンに搭載のカメラで画像認識をして、エラーを発見したら、GPS地点にロボットが行って、カットするなんてことが現実になっています。

あれから、10年と考えると今そういう技術が個人にようやく降りてきていると言えますが、ハードの部分を、つまりロボットをどう工夫するかが個人レベルの開発では課題となります。

あと数年で数十万円で実用レベルのヒューマノイドロボットが買える時代になっていても全く驚かない時代にはなりましたよね。

今年の手動栽培で、本当に学ぶべきこと

最後にまとめると、今年やるべきことは5つです。

ひとつ、pHや肥料量をいじる前に、受光状態を観察する。正午前後に果房まわりに光が入っているか、目で見る。

ふたつ、水やりをイベントではなく波形として捉える。鉢の重さを毎日測るだけでも、波形は見えてきます。

みっつ、果実負荷を見て整枝・摘果を決める。元気だから全部つける、はオランダ式と逆の判断です。

よっつ、記録を取る。日付、天候、灌水量、液肥濃度、花数、着果数、収穫重量、異常症状。最低限これだけは残す。これが来年の自動化の教師データになります。

いつつ、旧来法を捨てるのではなく、測定前提で再定義する。石灰も黒マルチも追肥も有効です。ただし「なぜ今それをやるのか」を植物の状態から説明できるようになると、栽培の精度が一気に変わります。

家庭菜園を始めて1年目で、いきなりオランダ温室の収量に追いつけるとは思っていません。
ただ、考え方の階層をオランダ式に揃えておけば、来年からの自動化は迷子にならずに済むはずなんです。
来年、M5Stack でセンサーノードを組み始めたときに、また続報を書きます。

Tags: