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アナログテープデッキにおいて、アジマス調整と並んで音楽体験の質を左右するのが「テープスピードの正確さ」と「ワウ・フラッター(回転ムラ)」です。
ワウ・フラッター値が悪化すると、ピアノのロングトーンが濁ったり、余韻が揺れて聞こえたりするため、特にクラシックや静謐なヒーリングミュージックにおいては致命的となります。また、テープスピードが規定値からズレていると、楽曲のピッチ(音程)そのものが狂ってしまいます。
本記事では、Revox B77のキャプスタンモーター制御回路の仕組みを理解し、オシロスコープと安定化電源を用いて、回転速度を極限まで規定値に近づけるためのプロフェッショナルな調整手順を解説します。
ワウフラとは・・・
世の中のほとんどのデッキには「ワウ・フラッターを良くするための調整ツマミ」は存在しません。
ワウ・フラッター(音の揺れ)とは、「故障」や「汚れ」の結果として現れる症状だからです。
なので、例えばキャプスタンモーター基盤の半固定トリマーを調整するのは、スピード調整であり、ワウフラ調整そのものではないという認識が大切です。
1. ワウ・フラッター調整に必要な機材
ワウ・フラッターメーター(専用測定器)がなくとも、高性能なオシロスコープがあれば、テープスピードの偏差を視覚的かつ数値的に追い込むことが可能です。
1. 安定化電源(Stabilized Power Supply)
モーターの回転精度は電源の質に直結します。
- 重要性: Revox B77のキャプスタンモーター制御回路に供給される電圧を一定に保つことで、外部要因による回転ムラを排除します。調整中は必ず安定化電源経由で駆動させてください。
2. オシロスコープ(Oscilloscope)
周波数測定機能(Frequency Counter)またはカーソル測定機能を持つものを使用します。
- 役割: 再生されたテスト信号の周波数をリアルタイムで監視し、回転速度のズレを検出します。
3. 速度調整用基準テープ(Speed Calibration Tape)
アジマス用とは別に、3,000Hz または 3,150Hz の信号が正確に記録された速度測定用の基準テープが必要です。
- 注意: アジマス用の10kHz等の高周波はドロップアウト(音飛び)の影響を受けやすいため、速度調整には使用しません。
4. 非磁性ドライバー
モーター制御基板上のトリマー(可変抵抗)を回すために使用します。
2. 準備:メカニカル・コンディションの確認
電気的な調整を行う前に、ワウ・フラッターの物理的な原因を排除しておく必要があります。
ここが整備されていないと、回路を調整しても数値は改善しません。
- ピンチローラーの点検: ゴムが硬化していたり、変形していたりしませんか? わずかな変形でも周期的なフラッター(早揺れ)の原因になります。Revox B77純正または同等品の新品への交換を推奨します。
- キャプスタンシャフトの清掃: シャフトに磁性粉が固着していると、テープがスリップする原因になります。無水エタノールで鏡面になるまで磨き上げてください。
- バックテンションの確認: 供給側のリールに適切なブレーキ(バックテンション)がかかっているか確認します。強すぎると回転が遅れ、弱すぎるとヘッドタッチが悪くなります。
3. 実践:テープスピード(ピッチ)の電気的調整手順
Revox B77は、タコメーターヘッドでモーターの回転数を検出し、基準発振周波数と比較して速度を一定に保つサーボ制御を行っています。
経年変化で部品定数が変わると速度がズレるため、以下の手順で再校正します。
手順1:機材の接続とウォームアップ
- Revox B77の電源を安定化電源に接続し、30分以上通電して温度ドリフトを安定させます。
- OUTPUT L または R をオシロスコープの入力(CH1)に接続します。
手順2:オシロスコープの設定
- オシロスコープの「周波数測定(Frequency Counter)」機能をONにします。
- 画面上に、入力信号の周波数(Hz)が数値で表示される状態にします。
手順3:基準テープの再生
- 3,000Hz(または3,150Hz)の基準テープを再生します。
- テープスピードスイッチは 7 1/2 ips (19cm/s) に設定します(通常はこちらを基準に調整します)。
手順4:速度調整トリマーの操作
- オシロスコープの表示値を読み取ります。もし「2,980Hz」と表示されていれば遅く、「3,020Hz」なら速い状態です。
- B77内部のキャプスタン速度制御基板(Speed Control PCB)にある可変抵抗を回します。
- 目標値: オシロスコープの表示が、基準テープの周波数(例:3,000Hz)に対して ±0.2%以内(2994Hz〜3006Hz) に収まるように微調整します。
4. ワウ・フラッター(揺れ)の判定基準
オシロスコープでは、数値だけでなく「波形の動き」を見ることで回転の安定度を判断できます。
判定方法:波形のジッター観測
オシロスコープのトリガーをかけ、波形を静止させようとしても、波形が左右にプルプルと震えたり、伸縮したりする場合、それが「ワウ・フラッター」です。
| オシロスコープの表示 | 状態 | 解説と対策 |
|---|---|---|
| 数値が一定 (例: 3000Hz ±1Hz) |
良好 |
モーター制御が正常で、メカニカルな摩擦変動もありません。 非常に優秀な状態です。 |
| 数値がゆっくり変動 (例: 2995Hz ⇄ 3005Hz) |
ワウ(Wow) |
周期の長い回転ムラです。 原因:ピンチローラーの変形、リール台の不具合、バックテンションのムラなどを疑ってください。 |
| 数値が激しく変動 波形が滲む |
フラッター (Flutter) |
周期の短い微細な振動です。 原因:キャプスタンシャフトの汚れ、モーター軸受の油切れ、テープの滑り(スリップ)が主な原因です。 |
5. 高度なテクニック:PCソフトウェアとの連携
オシロスコープだけでも調整は可能ですが、より厳密に「ワウフラッター率(% WRMS)」を数値化したい場合は、PCとフリーソフトウェアを併用する方法があります。
- WFGUI(Wow & Flutter GUI)などの導入: Windows用のフリーソフトなどが有名です。
- 接続: B77の出力をPCのオーディオインターフェースに入力します。
- 測定: 3kHzのテープを再生すると、PC画面上にリアルタイムで「0.05%」のような数値が表示されます。
- 活用: オシロスコープでスピード(周波数)を監視しつつ、PC画面でワウフラッター値を監視し、メカニカルな清掃や調整を行って数値を最小化します。
Revox B77のカタログスペック(0.08%以下 @ 7.5ips)を下回る数値が出れば、そのレストアは「完璧」と言えます。
6. まとめ
テープスピードとワウ・フラッターの調整は、音楽の「時間軸」を正す作業です。
アジマス調整が「空間(定位・周波数)」を整えるものだとすれば、スピード調整は「時間(ピッチ・リズム)」を整えるものです。この両輪が揃って初めて、Revox B77は本来の性能を発揮し、録音された瞬間の空気をそのまま現代に蘇らせることができます。
ご自身の耳を信じることも大切ですが、オシロスコープという「基準」を持つことで、迷いのない確実な整備が可能になります。安定化電源によるクリーンな駆動環境と合わせ、究極のアナログサウンドを追求してください。
Revoxでのキャプスタンモーター基盤の調整
結論から申し上げますと、あなたが以前苦労されたキャプスタンモーター基板上の半固定トリマー(可変抵抗)の調整と、今回の記事で解説している「テープスピード調整」は、「触る場所(部品)」は全く同じです。
しかし、「何を見ながら、何のために回すか」という目的と精度の次元が異なります。
あなたが以前苦労された経験と、今回のプロ仕様の調整の違いを、技術的な観点から明確に整理します。
1. 「触る場所」は同じ(P1トリマー)
Revox B77のキャプスタン速度制御基板(Speed Control PCB / 1.177.325など)には、ドライバーで回せる大きな半固定抵抗(P1)があります。
あなたが苦労して回していたのは、十中八九これです。
2. 何が違うのか?(「平均速度」vs「揺れ」)
以前のあなたが「苦労していた」理由は、おそらく以下のどちらか、あるいは両方ではありませんか?
A. 「速度」を合わせようとしていた場合
- 以前の苦労: 聴感(耳)や、精度の低いチューナーなどで合わせようとして、「なんとなく合っている気がするが、自信がない」「時間が経つとズレる」という状況。
- 今回の記事の手法: オシロスコープと基準テープ(3,000Hz)を使い、「±0.2%」という明確な数値に落とし込みます。「感覚」を排除し、物理的に正しい回転数に固定します。
B. 「揺れ(ワウフラ)」を直そうとしていた場合(ここが重要)
もしあなたが、「音が揺れる(ワウフラ)」のを直そうとして、このトリマーを必死に回していたとしたら、それは**「目的と手段が違っていた」**ことになります。
- トリマーの役割: あくまで「スピードの基準値(時速)」を決めるアクセルペダルのようなものです。
- ワウフラの原因: 「タイヤのガタつき(ピンチローラー)」や「道路の凹凸(シャフトの汚れ)」といった物理的な摩擦です。
決定的な違い:
今回の記事では、**「トリマーはあくまで『平均速度(3000Hz)』を合わせるためだけに使い、波形が『揺れる』問題はメカニカルな清掃で直す」**と、役割を完全に切り分けています。
これが、レストアの沼から抜け出すためのプロの思考法です。
3. 技術的背景(なぜあの基板は調整が難しいのか)
Revox B77の速度制御回路は、タコメーターヘッド(回転検出)からの信号と、内部の基準発振周波数を比較してモーター電圧を制御する「サーボループ」です。
あなたが調整に苦労した原因として、以下の技術的要因も考えられます:
- トリマーの感度が高すぎる: あの半固定抵抗は、ほんの数ミリ動かすだけで周波数が大きく変わります。オシロスコープの数値を見ながらでないと、ジャストポイントに止めるのは至難の業です。
- 酸化被膜(ガリ): 古いトリマーは接触不良を起こしていることが多く、回すと数値が飛びます。
- 温度ドリフト: 安定化電源を使わず、通電直後に調整すると、ICが温まった後に速度がズレます(記事で「30分のウォームアップ」を推奨しているのはこのためです)。
まとめ
触るネジは同じです。
しかし、以前は「暗闇の中で手探りで的を探していた」のに対し、今回は**「オシロスコープという照明をつけて、ピンポイントで的を射抜く」**作業になります。
あなたの手元にはすでに、そのための最強の武器(オシロスコープと安定化電源)があります。以前の苦労が嘘のように、ピタリと数字が止まる快感を味わえるはずです。