「オペアンプ」とは何か?交換すると音が変わる理由は?録音エンジニアのための電子回路・基礎講座

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あなたの持っているマイクプリアンプや、オーディオインターフェース、あるいはギターのエフェクターのフタを開けたことがありますか?
そこに必ずと言っていいほど、8本の足が生えた「黒い四角いチップ」がいるはずです。

これがオペアンプ(Operational Amplifier / 演算増幅器)。

DIYの世界では「オペアンプ交換(Op-Amp Rolling)」といって、このチップを差し替えるだけで機材の音質をアップグレードする改造が人気ですす、DYIオーディオの第一歩?になっている方も多いのではないでしょうか。

なぜ、この小さなチップを変えるだけで音が激変するのか?
そもそも、こいつは回路の中で一体どんな仕事をしているのか?

今回は、電気に詳しくない人でも「オペアンプとは何か?」に即答できるように、その仕組みと音響的な役割を徹底解説します。

第1章:オペアンプとは?=「超高性能な計算機」

オペアンプを日本語に訳すと「演算・増幅器」です。
「演算(計算)」という言葉がついているのがポイントです。

これを人間に例えるなら、「とてつもなく計算が速く、声がデカい数学教師」だと思ってください。

その役割は「差分を何万倍にもする」こと

オペアンプの記号は「三角形」で表されますが、入力端子が2つあります。

  1. +入力(非反転入力)
  2. -入力(反転入力)

オペアンプの基本的な仕事はたった一つ。
「『+』と『-』に入ってきた電気の『差(違い)』を、瞬時に何万倍にも増幅して出力する」
これだけです。

この「差を計算して増幅する」というシンプルな機能を、周りの抵抗やコンデンサで制御(しつけ)することで、ボリュームになったり、EQになったり、バッファになったりと、魔法のように姿を変えるのです。

第2章:オーディオにおける「3つの顔」

録音機材の中で、オペアンプは主に3つの役割を演じています。

1. 増幅(アンプ)

マイクからの蚊の鳴くような小さな信号を、ラインレベルまで持ち上げる「力持ち」の役割です。
オペアンプの性能が良いと、音量を上げてもノイズが少なく、歪みのないクリアな増幅ができます。

2. バッファ(インピーダンス変換)

前回の記事で「水圧」の話をしましたが、オペアンプは「水圧を高めるポンプ」としても使われます。
これを
バッファ(Buffer)と呼びます。
音量は変えずに、「電気的な力強さ(電流)」だけを補強し、長いケーブルを引き回しても音が劣化しないようにします。

3. フィルター(EQ / 音作り)

コンデンサと組み合わせることで、「低音だけ増幅する」「高音だけカットする」といった計算をさせることができます。
アナログミキサーのEQツマミの裏側では、オペアンプたちが必死に計算処理をして、あなたが求める音色を作っています。

第3章:なぜ「交換」で音が変わるのか?

オペアンプは、メーカーや型番によって「内部の構造(回路設計)」が全く違います。
これが「音のキャラクター(色付け)」として現れます。

エンジニアが知っておくべき、代表的な2つのタイプを紹介します。

タイプA:バイポーラ型(Bipolar)

  • 代表選手: NE5532 (Texas Instruments/Signetics), JRC4558 (JRC)
  • 構造: トランジスタを使用。
  • 音の傾向:
    「太い、パンチがある、中低域がリッチ」
    往年のアナログコンソール(SSLやNEVEの一部)や、ロックなギターエフェクター(Tube Screamerなど)に使われる、「これぞアナログ!」という音です。

タイプB:FET型(Field Effect Transistor)

  • 代表選手: OPA2134 (Burr-Brown), TL072 (Texas Instruments)
  • 構造: FET(電界効果トランジスタ)を使用。
  • 音の傾向:
    「クリア、繊細、スピードが速い、高域が綺麗」
    ハイファイなオーディオ機器や、アコースティック楽器のプリアンプによく使われます。入力インピーダンスが高く、繊細な表現が得意です。

つまり…元々ついていた「バイポーラ型」を、高級な「FET型」に変えると、霧が晴れたように音がクリアになることがあります。逆に、ロックな迫力が欲しいなら、あえて古いバイポーラ型を選ぶのも正解です。

第4章:交換する前に見るべき「スペックの壁」

「じゃあ、一番高いオペアンプを買って付け替えればいいの?」
実はそう簡単ではありません。知らずに交換すると機材が壊れます
最低限、この2つだけは確認してください。

1. 回路の数(1回路 vs 2回路)

オペアンプには、1つのチップの中にアンプがいくつ入っているかで種類があります。

  • シングル(1回路入り): 足が8本。NE5534など。
  • デュアル(2回路入り): 足が8本。オーディオではこれが標準(9割これ)。 NE5532, 4558など。
  • クアッド(4回路入り): 足が14本。TL074など。

重要: 「シングル」と「デュアル」は見た目(8本足)が同じですが、中身のピン配置が違います。
デュアルの場所にシングルを挿すと、一瞬でショートしてチップが焼けます。必ずデータシートで確認しましょう。

2. 電圧(Voltage)

オペアンプによって「±15V〜±22Vまで耐えられるタフなやつ」と、「±5Vくらいしか無理な繊細なやつ」がいます。
ヴィンテージの業務用機材は高い電圧(±18Vなど)がかかっていることが多いので、最近の省エネ設計のオペアンプを載せると耐圧オーバーで壊れることがあります。

まとめ:オペアンプは「機材の性格」そのもの

オペアンプとは何か?と聞かれたら、こう答えてください。
「音を大きくしたり、音色を作ったりする、機材の中の小さな職人」だと。

職人にはそれぞれ個性があります。

  • NE5532: 質実剛健なスタジオ職人。
  • MUSESシリーズ: 芸術肌の高級職人。
  • JRC4558: 荒々しいロックな職人。

もしあなたの機材のオペアンプが「ソケット式(抜き差しできる状態)」になっているなら、それはメーカーからの「好みの職人に入れ替えて遊んでいいですよ」という招待状です。

まずは定番のチップを数種類手に入れて、自分の耳でその「計算結果(音)」の違いを体感してみてください。それが、電子回路の深淵への入り口です。

おまけ:【コラム】真空管から始まった歴史と、Philipsの伝説

ここで少し時計の針を戻しましょう。
「オペアンプ(演算増幅器)」という概念が生まれたのは、実はICチップができるよりもっと前、真空管の時代(1940年代)です。

当時、オペアンプは音楽用ではなく、「アナログコンピュータ」の心臓部でした。
大砲の弾道を計算したり、フライトシミュレーションを行ったりするために、「電圧を使って足し算や引き算をする」巨大な真空管回路、それがオペアンプの先祖です。

■ オーディオの景色を変えた「Philips / Signetics」の功績

1960年代に入り、トランジスタが集積された「ICチップ」のオペアンプ(μA741など)が登場しますが、初期のものはノイズが多く、とてもプロの録音には使えませんでした。

その歴史を塗り替え、「オペアンプ=高音質」という常識を打ち立てたのが、アメリカのSignetics(シグネティクス)社であり、1975年に同社を買収したPhilips(フィリップス)です。

彼らが生み出した傑作、「NE5532」
この型番を覚えておいてください。
これはオーディオ史上、最も重要なオペアンプです。

  • 圧倒的な低ノイズと駆動力: それまでの常識を覆すハイスペックで、SSLやNEVEといった世界中の高級コンソールがこぞってこのチップを採用しました。
  • 「欧州サウンド」の源流: Philipsはオランダの企業です。RevoxやStuderなどの欧州メーカーも、Philips製の部品(コンデンサやIC)を多用しました。

80年代〜90年代の名盤のサウンドは、実はPhilips(Signetics)のオペアンプが作っていたと言っても過言ではありません。
現在でも「NE5532」は、オーディオ用オペアンプの「原器(絶対的な基準)」として君臨し続けています。

注意!NE555は違う

当サイトで取り扱っているRevox B77の「タイマーIC(NE555)」は、オペアンプではありません。
あくまで「タイマーIC(専用IC)」という別カテゴリーの部品です。

ただし、「親戚のようなもの」であり、さらに言うと「その基板の上には、本物のオペアンプも乗っている」ので、ここを混同しないように整理しましょう。

記事のネタとして非常に面白い部分ですので、エンジニア向けにその「違い」を解説します。

1. NE555(タイマーIC)は「時計」

「抵抗値でデューティー比が決まる」話を覚えていますか?あのチップ(IC1)のことですよね?
あれは NE555 という型番で、「時間を計る」「パルスを作る」ことに特化した専用のICです。

デューティー比は抵抗だけで決まる
  • オペアンプの仕事: 入力を「増幅」する(声を大きくする)。
  • NE555の仕事: 決まったリズムで「ON/OFF」する(メトロノーム)。

中身を開けると、実はNE555の中には「コンパレータ(比較器)」というオペアンプの親戚が2つ入っていますが、それを使って「スイッチのON/OFF」をしているだけなので、これをオペアンプとは呼びません。

2. でも、その横に「オペアンプ」がいます!

Revox B77のキャプスタン制御基板(1.177.325など)をもう一度見てください。
NE555(IC1)の横に、もう一つ、足がたくさんあるチップ(IC2)がいませんか?

  • IC2: μA739 (または RC4558など)

こいつこそが、正真正銘の「オペアンプ」です。

3. Revoxにおける「役割分担」

この基板の上では、2つのチップが完璧な連携プレーをしています。

  1. オペアンプ (IC2) の仕事:
    • 「耳」の役割。
    • タコヘッド(回転センサー)から来る「ふにゃふにゃした弱い信号」を、オペアンプの増幅能力で「ハッキリした信号」に増幅・整形します。
  2. タイマーIC (IC1: NE555) の仕事:
    • 「脳」の役割。
    • オペアンプから送られてきた信号を見て、「今の回転速度」と「あるべき基準(デューティー比)」を比較し、モーターへのエネルギー供給をコントロールします。

「似ているけれど、職業が違います」

  • オペアンプ (Op-Amp):音や信号を大きくする「増幅屋」。Revoxの基板ではセンサー信号を拾うために使われています。
  • タイマーIC (555):時間を刻む「時計屋」。Revoxの基板ではモーターの回転リズムを作るために使われています。

B77の制御基板には、この「増幅屋」と「時計屋」が1つずつ乗っていて、協力して精密な回転制御を行っているのです。