「S/N比」を制する者は、録音を制す〜世界一わかりやすいS/N比の教科書

「いいマイクを買ったのに、録音すると『サーッ』という音が消えない」
「コンプレッサーをかけたら、急にノイズがうるさくなった」

もしあなたがそんな悩みを抱えているなら、原因はマイクの故障ではありません。
あなた自身の「S/N比(エスエヌひ)」に対する管理不足にあるかもしれません。

S/N比とは、音質のスペック表に出てくるただの数字ではなく、「音楽(Signal)」と「雑音(Noise)」の戦いの記録になります。

今回は、録音のクオリティを劇的に向上させるための最重要概念「S/N比」について、中学生でもわかる例え話から、プロが実践しているテクニックまで、徹底的に解説していきます。

30秒でわかる「S/N比」:カフェの会話で例えてみた

難しい電気の話は後回し。
まずはイメージで掴んでほしい。
S/N比(Signal-to-Noise Ratio)とは、文字通り「信号(S)対 雑音(N)の比率」のことだ。

これを「カフェでの会話」に例えてみよう。

  • Signal(信号): あなたの話し声(録りたい音)。
  • Noise(雑音): 周りの客のガヤガヤ音、エアコンの音(録りたくない音)。

このラインより上のエリアが無料で表示されます。

【S/N比が良い状態】
静かな図書館で話している状態。
あなたの声(S)が小さくても、周り(N)がもっと静かなので、声はクッキリ聞こえる。
→ 「SとNの距離が離れている」

【S/N比が悪い状態】
うるさい居酒屋で話している状態。
周り(N)がうるさすぎて、大声(S)を出さないと会話が聞こえない。
→ 「SとNの距離が近い、または埋もれている」

録音エンジニアの仕事とは、この「S(聴かせたい音)」と「N(邪魔な音)」の距離を、可能な限り引き離すことにあります。

数値の見方:高いほうがいい?低いほうがいい?

結論から言うと、S/N比は、「数値が高ければ高いほど良い」
単位はdB(デシベル)で表記されます。

  • S/N比 60dB: カセットテープレベル。サーッという音が聞こえる。
  • S/N比 80dB: 一般的なオーディオ機器。静か。
  • S/N比 100dB以上: プロ用ハイエンド機材。完全な静寂。

計算式は(覚えなくていい)。

S/N比 = 信号のレベル(Signal) - ノイズのレベル(Noise)

例えば、

  • マイクに入ってきた音(S): +4dB
  • 回路の「サー」というノイズ(N): -80dB
  • その差(距離): 84dB

この「84dB」という距離こそが、S/N比。
この距離が広ければ広いほど、その空間(キャンバス)は広く、純粋に音楽だけを描くことができる。

なぜ「S/N比が悪い」とプロ失格なのか?

「多少ノイズがあっても、演奏が良ければいいじゃん」
そう思うかもしれない。
しかし、現代の音楽制作ではそれが命取りになる。

犯人は「コンプレッサー」であります。

ミックスダウンの際、ボーカルやドラムにはほぼ必ずコンプレッサー(音を圧縮して持ち上げるエフェクト)をかけます。(Kotaro Studioではかけないj可能性が高い)
これは「小さい音を持ち上げる」作業となるわけです。

もし、録音段階でS/N比が悪かったら(=ノイズが大きかったら)どうなるでしょうか?
コンプレッサーをかけた瞬間、背後に隠れていた「サーッ!」「ブーン!」というノイズまで一緒に持ち上がってしまうわけです。

これを後から消そうとすると、せっかくの歌声まで削れてしまう。
だからプロは、「後でコンプをかけることを見越して」、録音段階で徹底的にS/N比を稼いでおくというわけです。

【機材編】スペック表の「等価雑音レベル」を読み解け

新しいマイクを買う時、どこを見ればいいか?
「S/N比」という項目がない場合がある。その時は「等価雑音レベル(Equivalent Input Noise / Self Noise)」を見るのだ。

これは「マイク自身が出すノイズの量」になります
この数値は、S/N比とは逆に
「低ければ低いほど良い」。

  • 20dB以上: 安いマイク。静かな録音には向かない。
  • 15dB前後: 標準的なプロ用マイク(Shure SM57など)。
  • 10dB以下: 超ローノイズ(Neumann TLM103, RØDE NT1など)。世界一の静けさ。

【計算式】
実は S/N比は、この数値から計算できる。

S/N比 = 94dB - 等価雑音レベル
(※94dBは基準となる音圧レベル 1Pa)

等価雑音レベルが低いマイクを選ぶことは、S/N比を良くする第一歩となります。

【実践編】今日からできる! S/N比を劇的に良くする3つの極意

機材を買い替えなくても、S/N比は腕でカバーできる部分があります。
世界一を目指すための3つのテクニックを伝授しよう。

極意①:音源に近づけ(オンマイク)
これが最強かつ無料の方法。
マイクを音源に近づければ、Signal(録りたい音)は大きくなる。
逆に、部屋のエアコンの音や冷蔵庫の音(Noise)は遠くなる。
Sを上げてNを下げる。
このシンプルな構造に慣れていこう。

極意②:適切なゲインステージング(入力レベル)
マイクプリアンプのツマミ(Gain)をビビって小さくしすぎていないか?
入力信号が小さいと、後でデジタル処理で音量を上げた時に、底にあるノイズも一緒に上がってくる。
「クリップ(赤ランプ)しないギリギリまでしっかり突っ込む」
これがアナログ機材のS/N比を最大化する鉄則だ。


極意③:ノイズ源の物理的排除

PCのファン、エアコン、蛍光灯のジーという音、窓の外の車の音。
録音ボタンを押す前に、これらを物理的に止める。
エアコンを切る。
PCを遠ざける。
厚手のカーテンを閉める。
プラグインでノイズを消す前に、録音現場のノイズを消していこう。

デジタルのS/N比:24bitと32bit floatの正体

最後に、デジタルの話を少し。
オーディオインターフェースの設定にある「ビット深度(Bit Depth)」もS/N比に直結します。

  • 16bit: CD音質。ダイナミックレンジ(S/Nの器)は約96dB。
  • 24bit: ハイレゾ標準。ダイナミックレンジは約144dB。

現代の録音で24bitが必須なのは、S/N比の器(底の深さ)が圧倒的に深いからです。

ノイズフロア(ノイズの床)が遥か下にあるため、小さな音でもクリアに録れるわけです。

さらに最近話題の32bit float
これはS/N比の概念を超越し、実質的に「ノイズフロアが存在しない(無限のダイナミックレンジ)」という異次元の規格だ。
Zoom F3などがこれを採用しているのは、「ゲイン調整をミスってもS/N比が悪くならない」という魔法のようなメリットがあるからなんですね。

まとめ:S/N比とは「キャンバスの白さ」である

S/N比が良い録音とは、「真っ白なキャンバス」のようなもの。
そこに描いた線は、どんなに細くても、美しく際立つ。

S/N比が悪い録音とは、「汚れたザラ紙」。
そこに描いた絵は、汚れに紛れて見えなくなる。

S(信号)を最大にし、N(ノイズ)を最小にする。
この単純な引き算を極めた先に、プロのサウンドが待っています。