Contents
- 第1章:「進相コンデンサ」とは何か?(モーターの相棒)
- 役割:電気のタイミング(位相)をズラす
- 第2章:オーディオ機器での具体的な使われ方
- 1. ターンテーブル(ACシンクロナスモーター機)
- 2. オープンリールデッキ(キャプスタンモーター)
- 【コラム】Revoxのテンション制御の正体(なぜテンションアームがないのか?)
- 【レストアの重要ポイント】
- 第3章:エンジニアが知っておくべき「故障のサイン」
- 1. 逆回転する / 回転方向が定まらない
- 2. トルクがない(指で止められる)
- 3. 異音と発熱
- 第4章:交換パーツ選びの「鉄の掟」
- ルール1:必ず「AC耐圧」の高いものを選ぶ
- ルール2:容量(μF)は「ピッタリ」に合わせる
- まとめ:それは「心臓」ではなく「ペースメーカー」
ヴィンテージのレコードプレーヤー(GarrardやThorensなど)や、オープンリールデッキを使っている現場で、こんな経験はありませんか?
- 「電源を入れてもモーターが『ブーン』と唸るだけで回らない」
- 「指で勢いをつけてあげると、やっと回り出す」
- 「あろうことか、逆回転し始めた」
これらは全て、モーターの横にひっそりと付いている「進相コンデンサ(Motor Run Capacitor)」の寿命が原因です。
前回の記事では「音を通すコンデンサ」の話をしましたが、今回は「ものを動かすコンデンサ」の話です。
ここを理解すると、アナログ機材のトラブルシューティング能力が飛躍的に向上します。
第1章:「進相コンデンサ」とは何か?(モーターの相棒)
家庭用のコンセントに来ている電気は「単相交流(Single Phase AC)」といって、プラスとマイナスが入れ替わるだけの単純な波です。
実は、この単純なAC電源だけでは、モーターを「回転させること」まではできません。
ただ磁石がNとSに入れ替わるだけなので、モーターの軸は「右に行こうか、左に行こうか」迷ってしまい、その場でガタガタと振動(唸る)することしかできないのです。
そこで登場するのがコンデンサ。
役割:電気のタイミング(位相)をズラす
コンデンサには「電圧より電流が先に進む(位相が進む)」という特性があります。
これを利用して、モーターの中に2つの電気の流れを作ります。
- コンセントそのままの電気
- コンデンサを通って、タイミングがズレた電気
この2つをモーターに送り込むと、磁界に「ズレ」が生じ、それが「回転する力(回転磁界)」に変わります。
つまり、このコンデンサは、モーターに対して「最初のひと押し(回転のきっかけ)」と「回転方向の決定」を行っている司令塔なのです。
第2章:オーディオ機器での具体的な使われ方
この仕組みは、DJ用の最新デジタルターンテーブルではなく、主にACモーターを使用したヴィンテージ機器で使われています。
1. ターンテーブル(ACシンクロナスモーター機)
- 代表機種: Garrard 301/401, Thorens TD124, Empireなど
- 症状: コンデンサが劣化(容量抜け)すると、トルク(回る力)が弱くなり、音がふらついたり、起動しなくなったりします。
2. オープンリールデッキ(キャプスタンモーター)
- 代表機種: Revox A77/B77, TEAC, AKAIなど
- 症状:
Revoxなどのキャプスタンモーターにも、比較的大きなフィルムコンデンサが付いています。これがダメになると、テープスピードが安定しなかったり、最悪の場合モーターが焼き付きます。
注意:Technics SL-1200シリーズなどの「ダイレクトドライブ機」は、DCモーターと電子回路で制御しているため、この「進相コンデンサ」は使われていません(仕組みが違います)。
【コラム】Revoxのテンション制御の正体(なぜテンションアームがないのか?)
B77のテープパスを見て、「あれ? テンションアーム(ダンサーローラー)がないぞ?」と思った方は鋭いです。
Studer A800やOtari MTRのような業務用マルチトラック機では、バネのついたアームがテープの張力を常に監視し、モーターにフィードバックを送る「クローズド・ループ制御」を行っています。
しかし、Revox B77は「オープン・ループ制御」です。
センサーもフィードバックもありません。
では、どうやって絶妙なテンションを保っているのでしょうか?
答えは、「ACモーターの逆トルク」と「巨大なセメント抵抗」です。
1. 送り出し側(サプライ)の「バックテンション」の仕組み
再生中、左側のサプライリールはテープが出ていく方向に回転していますが、実はモーター自体には「逆回転(巻き戻し方向)せよ」という微弱な電圧がかけられています。
- テープの動き: 右へ引っ張られる
- モーターの力: 左へ回ろうとする(抵抗する)
この「引っ張り合い(綱引き)」によって、テープにピンとした張り(バックテンション)を生んでいるのです。
ブレーキを引きずっているのではなく、電気的な力で引っ張っているわけです。
2. 「Reel Size」スイッチの正体
フロントパネルにある「Small / Large」の切り替えスイッチ。これは単なる飾りではありません。
内部にある巨大なセメント抵抗(ホーロー抵抗)の回路を切り替えています。
- Small (7号リール):
リールが軽く、テープハブの径も小さいため、強い力がかかるとテープが伸びてしまいます。そこで、抵抗を通してモーターへの電圧を下げ、トルク(綱引きの力)を弱くします。 - Large (10号リール):
リールが重いため、高い電圧をかけて強いトルクで引っ張ります。
3. 巻き取り側(テイクアップ)の仕組み
右側の巻き取りモーターは、ACインダクションモーター特有の「負荷がかかると回転が粘る(滑る)」という特性(垂下特性)を利用しています。
テープの巻き始め(芯に近い)と巻き終わり(外周)では必要な力が変わりますが、このモーターの特性だけで、複雑な電子制御なしに自然な巻き取りを実現しているわけです。
【レストアの重要ポイント】
この仕組みを理解すると、見るべきポイントが変わります。
- Reel Sizeスイッチの接点不良:
ここが汚れていると、抵抗値が変わってしまい、テンションが異常になります(テープがたるむ原因No.1)。 - セメント抵抗の劣化:
内部で熱を持つため、稀に断線や抵抗値のズレが起きます。 - モーター進相コンデンサ:
前述の「モーター用コンデンサ」が劣化すると、この絶妙なトルクバランスが崩れ、ワウフラッター(回転ムラ)に直結します。
Revoxのテンション制御は、「電気と機械のバランス」で成り立っている芸術的な設計なのです。
第3章:エンジニアが知っておくべき「故障のサイン」
もしスタジオのヴィンテージ機材で以下の症状が出たら、真っ先にこのコンデンサを疑ってください。
1. 逆回転する / 回転方向が定まらない
コンデンサが完全に死ぬ(容量がゼロになる)と、位相のズレが作れなくなります。
するとモーターは、電源を入れた瞬間のわずかな振動や、手で回した勢いだけで、「どっちに回るか運任せ」になります。
レコードが逆再生で回り出したら、悪霊の仕業ではなくコンデンサの寿命です。
2. トルクがない(指で止められる)
容量が減ってくると、回転磁界が弱くなります。
演奏中に針圧などの負荷がかかると回転が遅くなったり、掃除ブラシを当てただけで止まってしまったりします。
Revoxなどのオープンリールテープの場合は、制御基盤の影響も考えてください。
3. 異音と発熱
モーターがスムーズに回れないため、無理な電流が流れて「ブーン」という唸り音(ハム)と共に、モーター自体が異常に熱くなります。
放置するとモーターコイルが断線して修理不能になります。
第4章:交換パーツ選びの「鉄の掟」
この用途のコンデンサを交換する際、オーディオ信号用とは違う絶対的なルールがあります。
ルール1:必ず「AC耐圧」の高いものを選ぶ
ここにはコンセントの100V(または昇圧された電圧)が直接かかります。
オーディオ用の「DC 50V」などのコンデンサを使うと一瞬で爆発します。
- 必須スペック: 250VAC 以上、または 400VAC などの 「VAC(交流耐圧)」 表記があるもの。
- 種類: 「メタライズド・フィルムコンデンサ」や「オイルコンデンサ」を選びます。電解コンデンサ(極性あり)は絶対に使ってはいけません。
ルール2:容量(μF)は「ピッタリ」に合わせる
オーディオ回路なら「少し大きめの容量」で音質改善…ということがありますが、モーター用はNGです。
設計値より大きいと電流が流れすぎてモーターが焼損し、小さいと回りません。
元のパーツに 1.5μF と書いてあったら、必ず 1.5μF を探してください。
まとめ:それは「心臓」ではなく「ペースメーカー」
前回の記事で紹介したコンデンサが「音のフィルター」なら、今回紹介したモーター用コンデンサは、心臓(モーター)を正しく動かすための「ペースメーカー」です。
コンデンサへの理解がまだ曖昧だよ!という方は必ず前回の記事を参照してください。
【今さら聞けない】コンデンサとは?ヴィンテージのターンテーブルやテープレコーダーが良い音で鳴るかどうかは、この数百円〜千円程度のパーツが、正しいタイミングで電気を送り出せているかにかかっています。
もし、スタジオの隅で眠っている「回らない名機」があったら、ぜひこのコンデンサをチェックしてみてください。
新しいコンデンサを入れた瞬間、力強く定速で回り出す姿は、エンジニアとして感動的な瞬間の一つです。