ノイズ」を消すのは魔法じゃない、算数〜『ホット・コールド・グランド』の絶対法則

「おい、そこのケーブル、ホットとコールドが逆だぞ!」
「グランドリフトしろ!」

スタジオで飛び交うこの呪文。
あなたは自信を持って即答できるだろうか?
もし「えっと、赤い線がホットだっけ…?」と迷うようなら、あなたの録音したデータは、すでに目に見えないノイズに蝕まれているかもしれない。

今日は、すべてのエンジニアの宿敵「ノイズ」を物理的に抹殺するための知識をシェアしていきます。

「ホット」「コールド」、そして「グランド」。
単に「線を繋ぐルール」だと思っていないだろうか?
実はこれ、「入ってきたノイズを算数で消滅させる」という、人類の知恵が詰まったとんでもないシステムなのです。

なぜプロの現場ではXLR(キャノン)ケーブルを使うのか?
なぜケーブルは3本線なのか?
その理由を、深層レベルまで徹底解説していきます。

目次

  1. プロの世界への関所:なぜ「3本の線」が必要なのか?
  2. 歴史の闇:「2番ホット」と「3番ホット」の戦争
  3. 【核心】ノイズが消える魔法の数式「(H+n) – (C+n) = 2H」
  4. 「グランド」はゴミ捨て場であり、基準点である
  5. グランドループという悪魔
  6. ノイズ・ゼロへの点検リスト
  7. プラスとマイナス
  8. なぜ「プラス・マイナス」だけじゃないのか?
  9. 機材の裏側を見てみよう
  10. まとめ

プロの世界への関所:なぜ「3本の線」が必要なのか?

まず、身近な疑問から始めましょう。
あなたはギターやベース、あるいは安いシンセサイザーをアンプに繋いだ時、「ジーッ」というノイズに悩まされたことはないだろうか?

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おそらく中高の部活で部室においてある機材なんかで適当に繋ぐ時、ノイズに悩まされた経験は誰でもあるでしょう。

しかし、プロのボーカルレコーディングで「ジーッ」という音が乗ることはまずありえません。

この違いは、ケーブルの「本数」にあります。

オーディオの世界には、大きく分けて2つの「接続方式」が存在しています。ここを理解していないと、100年経っても一流にはなれないので、まずは大前提の知識をつけておきましょう。

  • アンバランス接続(Unbalanced):
    • 代表選手: ギターシールド、RCAピン(赤白のケーブル)。
    • 構造: 線は2本(信号線+グランド)。
    • 弱点: ノイズに弱い。信号を送る線が、ノイズの攻撃をモロに食らってしまう。「裸で現金を運んでいる」ようなも。だから、長い距離(5m以上など)を引き回すとノイズまみれになる。
  • バランス接続(Balanced):
    • 代表選手: マイクケーブル(XLR/キャノン)、TRSケーブル。
    • 構造: 線は3本(ホット+コールド+グランド)。
    • 強み: ノイズを「計算」で消せる。「現金輸送車で運んでいる」ようなもの。100m引き回してもノイズは乗らない。

我々プロのエンジニアが使う機材(マイク、ミキサー、高価なプリアンプ)は、ほぼすべて後者の「バランス接続(3本線)」で作られている。

では、なぜ「たった1本線が増えるだけ」で、鉄壁の防御が可能になるのか?
そこに、「ホット」と「コールド」の秘密が隠されている。

歴史の闇:「2番ホット」と「3番ホット」の戦争

しかし、XLRケーブルには恐ろしい罠があります。
「どのピンをホット(プラス)にするか?」というルールが、歴史的に分裂していたのです。

  • 2番ホット(現代の標準):
    AES(国際規格)で定められたルール。現在のマイクやミキサー(DPA, Sound Devices, Neveなど)は99%これ。

※現在、楽器店で売られているShure、Sennheiser、Neumann、Audio-Technicaなどの新品マイク(XLR接続)は、ほぼ全て「2番ホット(正相)」で作られています。
これは
AES(Audio Engineering Society)という国際的な協会が「みんなで統一しようぜ!」と決めたからです。
※1990年代以前のマイクには「3番ホット」が大量に存在します

  • 3番ホット(旧規格・BTS規格):
    昔のアメリカ製機材や、日本の古い放送局仕様(BTS規格)の機材。
    NHK仕様の古い機材や、Otari、一部の国産ヴィンテージ機材がこれに当たる。

もし、2番ホットの機材と3番ホットの機材を混ぜて繋ぐとどうなるか?
プラスとマイナスが入れ替わる。
つまり「音がひっくり返る(逆相になる)」のです。

逆相の記事は準備中

「音がひっくり返っても、聴こえ方は同じでしょ?」と思ったあなた。
その認識では世界一にはなれません。

キックドラム(バスドラ)を想像してみてください。
ドラマーがペダルを踏んだ瞬間、空気は「圧縮(プラス)」され、ドスンと前に飛び出す。

これをスピーカーで再現するとき、スピーカーのコーン紙も「手前に飛び出す」のが正解です。
これを
「正相」といいます。

しかし、2番と3番が入れ替わった「逆相」の状態だと、スピーカーはドン!という音と共に「奥に引っ込む」
人間は本能的に、空気が押される音に迫力を感じ、吸い込まれる音に違和感を感じる。

これを「絶対位相(Absolute Polarity)」といいます。

さらに恐ろしいのは、複数のマイクを使う時にあるのです。
スネアの表マイクが「正相」、裏マイクが「逆相(3番ホット)」だった場合、お互いの波形が打ち消し合い、なんと低音が完全に消滅してスカスカの音になってしまうわけです。

【対処法】

  1. 機材の仕様書を見る: 「Pin 2 Hot」か「Pin 3 Hot」か必ず確認。
  2. φ(ファイ)ボタンを押す: マイクプリにある「φ」マークは位相反転スイッチだ。これを押せば電気的にひっくり返せます。
  3. クロスケーブルを作る: 3番ホット機材専用に、片側の2番と3番を入れ替えたケーブルを用意しておく。

【核心】ノイズが消える魔法の数式「(H+n) – (C+n) = 2H」

なぜ信号を「正相(ホット)」と「逆相(コールド)」の2つに分けて送るのか?

ケーブルを何十メートルも引き回すと、必ず途中で「ジーッ」という外来ノイズ(電磁波)が飛び込んでくる。
このノイズ(n)は、ホットの線にも、コールドの線にも、同じ向き(同相)で乗っかってしまいます。

  • ホットの状態:(信号)+(ノイズ)
  • コールドの状態:(-信号)+(ノイズ)

この状態でミキサーのマイクプリアンプに到着する。
ここからが「トランス」や「差動アンプ」の仕事になるわけです。

トランスについてはこの記事を必ず参照して欲しい。

https://note.com/embed/notes/n14275221df16


受け手側は、この2つの信号を「引き算」する仕組みになっています。

数式で見てみよう。

{ (信号) + (ノイズ) } - { (-信号) + (ノイズ) } = ?

計算してみよう。
(信号) - (-信号) = 2倍の信号(音が大きくなる!)
(ノイズ) - (ノイズ) = 0(消える!!)

なんということでしょう。
「信号をひっくり返して送って、最後に引き算する」だけで、途中で混入したノイズだけが綺麗に消滅し、欲しい音だけが2倍になって取り出せるわけです。

これを専門用語で「CMRR(同相信号除去比)」と呼ぶ。
トランスはこの計算(差動合成)が非常に得意。
だからトランス入りの機材はノイズに強いと言えるわけです。

「グランド」はゴミ捨て場であり、基準点である

では、3本目の線「グランド(シールド)」は何をしているのか?
これは「基準電位(0V)」を決める役割と、「バリア」の役割を持っています。

ケーブルの周りを覆っている網線(シールド)は、外からのノイズを最初に受け止めます。
受け止めたノイズは、グランド線を通って、地面(アース)へと捨てられる。
つまり、グランドとは「ノイズの排水溝」といえるわけです。

しかし、この排水溝が詰まると、恐ろしいことが起きるんです。。。

グランドループという悪魔

現場で最も厄介なノイズ、それが「ブーン」というハムノイズ
これは多くの場合、
「グランドループ」が原因なんですね。

通常、ノイズは機材Aから機材Bへ、そしてコンセントのアースへと流れていきます。
しかし、機材Aと機材Bが、それぞれ別のコンセントからアースを取っていて、さらにオーディオケーブルでも繋がっているとどうなるか?

「巨大な輪っか(ループ)」が完成してしまう。

この輪っかがアンテナとなり、電源周波数のノイズ(50Hz/60Hz)を強力に拾ってしまうわけです。

【世界一の対処法:グランドリフト】
この時、「グランドリフトしろ!」とよく言われます。
これは、「オーディオケーブルの1番ピン(グランド)をわざと切断する(浮かせる)」こと。

DI(ダイレクトボックス)や高級機材には「GND LIFT」というスイッチがついていて、これを押すと、グランド線が切り離されるわけです。
すると「輪っか」が断ち切られ、ループがなくなり、嘘のように「ブーン」という音が消える。

ただし、命綱を切る行為なので、コンセント側のアースがしっかり取れているか確認するなど、慎重に行う必要があります。

ノイズ・ゼロへの点検リスト

  1. 「カチッ」と言うまで挿す:
    当たり前だが、XLRは1番ピン(グランド)が最初に接触するようにできている。半挿しはノイズの元。
  2. 電源ケーブルと音声ケーブルを平行に這わせない:
    電源ケーブルからは強力な磁界が出ている。どんなにバランス接続が優秀でも、限界はある。どうしても交差するときは「直角に(90度で)」交差させる。
  3. 「アンバランス」を疑う:
    シンセサイザーや安い機器は、信号線が2本(アンバランス)の場合がある。これはノイズを消す計算式が使えない。この場合は必ずDI(ダイレクトボックス)を通してバランス信号に変換する。

プラスとマイナス

結論から言うと、オーディオの世界ではこう定義します。

  • ホット = プラス(+)
  • コールド = マイナス(ー)
  • グランド = ゼロ(0)

グランドはプラスでもマイナスでもなく、「基準(地面)」なのです。
この「ゼロという概念」を完璧にインストールしましょう。

なぜ「プラス・マイナス」だけじゃないのか?

乾電池(直流/DC)なら、電気は一方通行なので「+」と「ー」だけで済みます。
しかし、音(オーディオ信号)は「波(交流/AC)」です。
電気の波が、上に行ったり下に行ったり、激しく振動しています。
ここで「海」を想像してください。

  • グランド(Ground / 0):
    凪(なぎ)の海面。高さゼロメートル。
    これが基準です。ここが揺れると全てが台無しになります。
  • ホット(Hot / +):
    ザブーンと盛り上がった**「波の頂上」。
    海面(グランド)より高いので「プラス」と呼びます。
  • コールド(Cold / -):
    波が引いて凹んだ「波の谷」。
    海面(グランド)より低いので「マイナス」と呼びます。

つまり、グランドとは「波の高さを測るための、動かない地面(海面)」のことなのです。

機材の裏側を見てみよう

実際にミキサーやスピーカーの端子を見ると、以下のように刻印されていることが多いです。

  • Pin 2 : + (Hot)
  • Pin 3 : – (Cold)
  • Pin 1 : GND (Shield)

このように、プラスはホットのことを指します。
グランドはあくまで「GND」や「逆三角形のマーク(アース記号)」で表記され、プラスマイナスの外側にいる存在です。

「グランドは、プラスもマイナスも包み込む、母なる大地(ゼロ)」
こう覚えておけば、ノイズ対策の時に「ああ、ゴミをゼロ(大地)に帰してやるんだな」とイメージできるようになります!

まとめ

  • アンバランス(2線): ノイズに弱い。
  • バランス(3線): 算数でノイズを消すプロの標準。
  • グランド: プラスではなく「海面(ゼロ)」。
  • 2番/3番ホット: 混ぜると「逆相」になり、低音が死ぬ。

これらを理解して初めて、あなたは「運任せ」ではなく「狙い通り」に録音できるようになります。