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「録音レベルは、メーターのギリギリまで攻めたほうがいいんですよね?」
「音が小さいと不安だから、とりあえず突っ込んでおこう」
もしあなたがそう考えているなら、あなたの音源はすでに「窒息」しているか、「事故寸前」。
今日は、録音における「空間認識能力」の話をしましょう。
ダイナミックレンジとは、音の「器(うつわ)」の大きさのこと。
ゲインステージングとは、その器から器へ、水をこぼさずにリレーする技術のことになります。
32bitが当たり前になっている昨今ですが、今回はアナログとデジタルの「0(ゼロ)」の違いと、失敗しないレベル合わせの鉄則を徹底解説していきます。
ダイナミックレンジとは?:「床」と「天井」の間の宇宙
まず、ダイナミックレンジという言葉を「部屋」に例えてイメージしよう。
このラインより上のエリアが無料で表示されます。
- 床(Noise Floor):
ここには「サーッ」というノイズが溜まっている(S/N比のN)。
音が小さすぎると、この床に触れてノイズまみれになる。 - 天井(Clipping Point):
ここが限界点。頭をぶつけると「バチッ!」と歪む(クリップする)。
デジタルの場合、天井に触れた瞬間に音は死んじゃいます。
ダイナミックレンジとは、この「床から天井までの高さ」のこと。
この空間の中で、波形(音楽)を飛ばすのが録音エンジニアの仕事です。
- 24bit録音の場合: 天井は高く、床は遥か底にある。広大な宇宙。
- 16bit録音の場合: 天井は同じだが、床が浅い。すぐにノイズに触れてしまう。
アナログの「0」とデジタルの「0」は意味が違う!
ここが初心者が一番勘違いするポイントになります。
メーターの「0dB」には、2つの意味があります。
- アナログの 0dB(0VU):
「ここが基準ですよ(スイートスポット)」という意味。
まだ上に余裕(ヘッドルーム)があり、多少超えても心地よく歪むだけで破綻しない。- 意味:快適なスピード
- デジタルの 0dB(0dBFS):
「ここが天井(限界)ですよ」という意味になります。
これを超えたら即死(デジタルクリップ)。0.1dBたりとも超えてはいけない。- 意味:壁激突・大破
つまり、デジタルのメーターで「0dBギリギリ」を攻めるのは、「コンクリートの壁に向かってアクセル全開で走る」ような感じ。。。
だからよく筆者の師匠と話しているのは、アナログオープンリールでの録音は、「まだまだ吸うね」という比喩を使います。
全然思い切って突っ込んでOKというわけです。
ゲインステージング:バケツリレー
通常録音機材は、マイク → プリアンプ → コンプ → EQ → レコーダー と繋がっていますよね。
ゲインステージングとは、この流れの中で「音量(水)」を適切な量に保ち続けることを言います。
【失敗例A:最初が小さすぎる】
- プリアンプでビビって小さく録る(ノイズの床に近い)。
- 後のEQやコンプで音量を上げる。
- 結果: 最初のノイズも一緒に爆音になり、ザラザラした音になる。
【失敗例B:最初が大きすぎる】
- プリアンプで突っ込みすぎて歪む。
- 慌てて後のフェーダーを下げる。
- 結果: 音量は適正に見えるが、音の中身はすでに歪んで(割れて)いる。
【正解】
各段階で「大きくもなく、小さくもない、一番おいしい音量(スイートスポット)」を維持して渡していく。
これができれば、最終的な音は驚くほどクリアで太くなるわけです。
世界基準のルール:なぜ「-18dBFS」を目指すのか?
では、デジタルのメーターで「どこ」を目指せばいいのか?
世界中のプロスタジオの標準解(ゴールデンルール)を学びましょう。
「平均で -18dBFS 付近を狙え」というのが鉄板です。
DAWやレコーダーのメーターを見てください。
一番上の「0」から下がって、「-18」や「-20」あたりに目盛りがあることが多々あります。
実は、デジタルの「-18dBFS」が、アナログの「0VU(基準)」に相当するように設計されていることが多いのです。
- 平均値(RMS): メーターがふらふら動く中心が -18dB 〜 -12dB あたり。
- ピーク値(最大): どんなに大きくても -6dB 〜 -3dB あたりで止める。
「えっ、そんなに低くていいの?」
OKです。
24bit録音なら、床(ノイズ)は遥か下にある。
無理に0dBまで詰め込む必要は全くないのです。
ヘッドルームの重要性:突発的な「爆音」に備えよ
なぜ -18dBFS を狙うのか?
それは、頭上に18dB分の「ヘッドルーム(安全地帯)」を確保するため。
音楽は生き物です。
ドラマーが興奮して、一発だけものすごい力でスネアを叩くかもしれない。
ボーカリストが感極まって、サビで絶叫するかもしれない。
その時、もし普段から -3dB ギリギリで録っていたら?
その一発の「感動的な瞬間」に、赤ランプが点灯し、バリッというノイズが入る。
テイクは終わりです。
しかし、-18dBFSで録っていれば、突発的に音が大きくなっても、まだ天井まで余裕がある。
「ヘッドルーム」とは、奇跡のテイクを守るための保険のようなものです。
メーターの赤ランプを光らせて「音圧を稼いだ」と勘違いしてはいけません。
涼しい顔をしながら、十分なヘッドルームを残し、クリーンでダイナミックな音を持ち帰りましょう。