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「CDは 16bit。ハイレゾは 24bit。数字が大きいほど偉い」
これがデジタルオーディオの常識となっています。
この辺りがまだ曖昧な方は必ずこの記事で学習してください。
さて、「DSD」のスペックを見て、誰もが我が目を疑うのではないでしょうか?
「1bit」。
「えっ、ファミコン(8bit)以下?」
「そんな低スペックで音が良いわけがない」?
DSDの「1bit」は、低画質という意味ではなく、むしろ逆なんです。
「あまりに速すぎて、1bitしか数える暇がない」ほどの超高速の世界。
今回は、PCM(WAV)とは根本的に異なる、「究極の保存形式」であるDSDについて解説していきます。
なぜ、KORGやSonyはDSDにこだわるのか?
なぜDSDで録ると「空気」まで録れるのか?
その秘密は、かつてのアナログテープをも凌駕する「圧倒的なスピード」にあります。
目次
- 1bitのパラドックス:階段(PCM)を登るか、坂道(DSD)を走るか
- アナログテープで解くDSD:「マッハで回るオープンリール」
- なぜDSDは「空気」が録れるのか?(インパルス応答の魔法)
- 最大の弱点:DSDは「混ぜる」ことができない
- 世界一の使い道:DSDは「最後の保存箱(アーカイブ)」
- DSDでマルチトラックレコーディングは可能か?
- 方法1:【王道】「Pyramix(ピラミックス)」システムを使う
- 方法2:【硬派】DSDを「ただのテープ」として使う
- まとめ
1bitのパラドックス:階段(PCM)を登るか、坂道(DSD)を走るか
まず、ほとんどの人が普段使っているPCM方式(CDやWAV)を思い出してください。
このラインより上のエリアが無料で表示されます。
これは「階段」のようです。
音の波形を「縦(音量)」と「横(時間)」のマス目に区切り、カクカクとした階段状にして記録する。
24bitというのは、この階段の「段差」を細かくしたものであることは、学びました。
対して、DSD方式は「坂道」といえます。
ここには「段差(何ビット目)」という概念はありません。
あるのは「密度」だけ。
- 音が大きくなる時 → 「1」が密集する(111111…)
- 音が小さくなる時 → 「1」がスカスカになる(101010…)
- 無音の時 → 「1」と「0」が半々(101010…)
これをPDM(パルス密度変調)と呼びます。
「音の高さ」を記録するのではなく、「音の濃さ」を記録。
これは、空気の疎密波(アナログ)そのものに近い感覚です。
アナログテープで解くDSD:「マッハで回るオープンリール」
前回の記事で、デジタル録音をアナログテープに例えたのを覚えていますか?
- 192kHz / 24bit(PCMの最高峰)
= 「76cm/s(高速)で回る、2トラック(極太)のテープ」
では、DSDはどうなるか?
一般的なDSD(2.8MHz)の場合、サンプリングレートはCDの64倍だ。
- DSD(2.8MHz / 1bit)
= 「秒速 12メートル(超音速)で回る、1トラックの極細テープ」
想像してください。。。
とてつもないスピードでテープがヘッドを通過していく。
あまりに速すぎて、磁気粒子を縦に並べる(ビット深度を稼ぐ)暇なんてない。。。。
1個ずつ並べるのが限界ですよね。
しかし、速度が圧倒的だから、結果として記録される粒子の総数は、PCMを遥かに凌駕します。
なぜDSDは「空気」が録れるのか?(インパルス応答の魔法)
DSDの音が「アナログレコードや生音に近い」と言われる最大の理由。
それは「インパルス応答(Impulse Response)」の良さにあります。
PCM(特に48kHzなど)には、どうしても「フィルター」が必要で、音の立ち上がりに微細な「滲み(リンギング)」が発生するわけですが、DSDには原理的に急激なフィルターが存在しません。
パン!と手を叩いた瞬間。
その衝撃波の立ち上がりが、DSDなら一切鈍らず、スパッと立ち上がり、スッと消える。
余計な残響(滲み)がつかない。
だから、DSDで録音すると、
「楽器の音が鳴る前の、演奏者の気配」
「ホールに漂う静寂」
といった、スペックには表れない「空気感」まで記録される。
最大の弱点:DSDは「混ぜる」ことができない
「そんなに凄いなら、世界中の音楽を全部DSDで作ればいいのに」と思いますよね?
しかし、DSDにはエンジニアにとって致命的な弱点がある。
「DSDのままでは、編集(ミックス)ができない」んです。
EQで低音を上げたり、ボリュームを変えたり、コンプレッサーを掛けたりするには、一度「かけ算・わり算」をする必要があるわけですが、DSDのデータ(1bitの疎密波)は、計算しようとするとその瞬間に破綻してしまう。
DSDを編集するには、
- 一度 PCM(DXDなどのハイレゾ)に変換する。
- 編集する。
- また DSD に戻す。
これでは純度が落ちてしまうわけです。
DSDは「録音したまま、いじらない、編集しない」のが基本ルールとなります。
だから、加工が必要なポップスやロックの制作現場では全く普及していません。
クラシックの世界ではDSD音源をよく見かけるのはこのためです。
世界一の使い道:DSDは「最後の保存箱(アーカイブ)」
では、DSDはどう使うのが正解か?
- 「マスター・レコーダー」として使う
完璧に音を作り込み、その「最終的な出口」としてKORG MR-2000SやNu IなどのDSDレコーダーに流し込む。
そこには、アナログの質感がそのまま凍結保存される。 - 「アーカイブ(資産保存)」として使う
貴重なアナログテープをデジタル化する際、DSDで残す。
将来、もっと凄いフォーマットが出ても、DSDの圧倒的な情報量があれば、そこから変換できるのです。
実際、レコードのデジタル化としてオーディオマニアには人気。
一番やりやすいのが、KORG(コルグ) 1BIT USB-DAC/ADC DS-DAC-10R DSDレコーディング。
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筆者も大量のレコードをこれですべてDSD化して、引っ越しを楽に(笑)しています。
実際、かなりレコードに近い音が味わえますし、前回の記事でもお伝えしたアナログデジタル体験のデジタルはDSDで再生しています。
DSDでマルチトラックレコーディングは可能か?
DSDでのマルチトラック録音は、可能です。
そして、世界中のスタジオでは現在進行系で行われています。
ただし、それは我々が普段DAW(CubaseやProTools)で行っているような「手軽なマルチ」とは次元が異なりますので注意。
そこには、「莫大なコスト」と「技術的な抜け道」が存在します。
ここからはDSDマルチトラック録音する方法を「2つの現実的な解法」で教えましょう。
方法1:【王道】「Pyramix(ピラミックス)」システムを使う
—— クラシック録音の世界標準
世界中のクラシックやジャズの高音質録音で、DSDマルチトラックを行う際の「デファクトスタンダード(事実上の標準)」となっているDAWがあります。
それが、スイスのMerging Technologies社が開発した「Pyramix」です。
これを使えば、DSDで何十トラックも同時に録音し、編集することができます。
【DSD → DXD → DSD の変換】
先ほど「DSDは混ぜられない(計算できない)」と言いましたね。
Pyramixはどうしているかというと、フェーダーを動かしたりEQを掛けたりする瞬間だけ、裏でこっそりと「DXD(352.8kHz/24bit or 32bit PCM)」という超ハイレゾPCMに変換しているのです。
- 録音: DSD 11.2MHzなどでマルチ録音(純粋なDSD)。
- 編集: いじった瞬間、そこだけ超高速PCM(DXD)に変換して計算。
- 書き出し: 最後にまたDSDに戻す。
「なんだ、結局PCMにしてるのか!」と思うかもしれません。
しかし、352.8kHzというサンプリングレートは、DSDの特性に非常に近いため、聴感上の劣化はほぼゼロです。
これが、現在人類が持っている「DSDをマルチで扱い、かつ編集もする」ための最適解です。
ただし、Pyramixを個人で導入するには少々ハードルが高すぎるお値段になります。
方法2:【硬派】DSDを「ただのテープ」として使う
もしあなたが「一度もPCMに変換したくない! 純度100%のDSDがいい!」と願うなら、方法はこれしかありません。
「DSDマルチレコーダー + アナログコンソール」
この手法では、DSDレコーダーを、昔の「オープンリールテープMTR」と同じ扱い方をします。
- 録音:
TASCAM DA-6400などのDSD対応マルチレコーダーを使い、マイクの音を直接DSDで各トラックに記録する。ここまではデジタル。 - ミックス(ここが重要):
DAWの中で混ぜるのではない。
記録されたDSDデータを、一度「アナログ音声」として出力する(D/A変換)。 - まとめ:
アナログミキサーで、アナログの電気信号として混ぜ合わせる。 - マスタリング:
混ざった2Mix(ステレオ音声)を、別のDSDレコーダー(KORG MR-2000Sなど)で録音し直す。
【流れ】
マイク → [DSD録音] → (アナログ出力) → アナログミキサー → [DSDマスター録音]
これなら、計算処理(PCM変換)は一切行われません。
編集(切り貼り)はできませんが、音質は「最強」です。
DSDの空気感を保ったまま、アナログ機材の太い味付けも加わります。
あなたが個人スタジオレベルでDSDマルチに挑戦するなら、以下の機材が選択肢に入ります。
- TASCAM (タスカム) DA-6400 + DSDカード
- 1Uラックサイズのレコーダーですが、オプションカードを入れることで、DSD 2.8MHz/5.6MHzでのマルチトラック録音(最大32トラックなど)が可能になります。
- これを「デジタルのMTR」として使い、ミックスはアナログ卓で行うのが、最も現実的かつ高音質なドリームシステムです。
DSDマルチトラック録音は、「一歳ない」わけではありません。
しかし、それを実現するには以下のどちらかの覚悟が必要です。
- Pyramix(数百万円〜)を導入し、DXD変換を許容する。
- TASCAM DA-6400等を導入し、ミックスはアナログ卓で行う(一発録りの緊張感)。
どちらも個人レベルでは少々きつい設備投資です。
まとめ
- PCM(24bit): 扱いやすく、編集に強い「万能なデジタル」。
- DSD(1bit): 編集できないが、音は最強の「保存用デジタル」。
DSDマルチトラック録音は可能ではあるが実際は非常に難しい。