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Curanz Soundsのラインナップの一つ、古楽。
オランダのデン・ハーグは古楽のシリコンバレーと呼ばれています。
今日の記事ではそんなオランダという国を徹底解剖していきます。
オランダの基礎スペック:小国にして巨人の如し
まずは基礎知識から整理していきましょう。
オランダは九州とほぼ同じ面積の小さな国だが、その影響力は計り知れない。
- 国名: オランダ王国(Kingdom of the Netherlands)
- ※現地では「Nederland(ネーデルラント)」=「低い土地」を意味する。
- 人口: 約1,780万人(2023年推計)
- 人口密度は非常に高く、効率的な都市設計がなされている。
- 首都: アムステルダム
- ※ここが重要ですが、国会や王宮、各国大使館などの首都機能は「デン・ハーグ」にあります。
- 言語: オランダ語
- ただし、国民の英語運用能力は非ネイティブ圏で世界トップクラス。英語だけで生活もビジネスも完結できる稀有な国となります。
- 宗教:
- 歴史的にはプロテスタント(カルヴァン派)とカトリックだが、現代は半数以上が無宗教。非常にリベラルで合理的な精神を持つ。
オランダ通史・序章:泥濘からの建国
そして「自由」への80年戦争を見ていきましょう。
この国が現在の繁栄と「自由の国」という地位を築くまでには、想像を絶する苦難と、世界史の奇跡とも言える闘争の歴史がありました。
国を知るにはまずは歴史です。
なぜ、オランダはこれほどまでに個人の自由を尊重するのか。
なぜ、小国でありながら世界経済の覇権を握ることができたのか。
そして、なぜ日本と特別な絆で結ばれているのか。
ここからは、オランダという国の「誕生」に焦点を当て、その激動の歴史を紐解いていきます。
第1章:神が見放した土地、「ネーデルラント」
呪われた湿地帯
オランダの正式名称「The Netherlands(ネーデルラント)」は、文字通り「低い土地」を意味します。
紀元前、ローマ人たちがこの地に足を踏み入れた時、そこは国家と呼べるような場所ではなかったんです。
ライン川、マース川、スヘルデ川が北海に注ぎ込む、広大で陰鬱な「デルタ地帯(湿地)」でした。
それはかつてのディズニーランドのようなものかもしれませんね。
満潮になれば沈み、干潮になれば泥沼が現れる。
「世界は神が作ったが、オランダはオランダ人が作った」という有名な格言は、傲慢さから出た言葉ではなく、生きるために、手作業で堤防を築き、風車で水を掻き出し、泥を固めて大地を作るしかなかった人々の、血と汗の歴史を表しているんです。
この過酷な環境が、オランダ人の国民的アイデンティティである「ポルダーモデル(干拓地モデル)」を生みました。
水が溢れれば、貴族も農民も関係なく溺れる。
だからこそ、身分を超えて話し合い、協力し合う。
現代オランダ社会の根底にある「対話と妥協」の精神は、数千年前の泥の中から生まれたのだ。
コラム:寄せ集めの土地が「国」の形になるまで
ローマ帝国が去った後、中世のこの地は一つの国ではありませんでした。
「ホラント伯爵」「ユトレヒト司教」「ゲルデルン公爵」など、各地の小さな領主たちがそれぞれ勝手に自分たちの土地を治める、いわば「群雄割拠」の状態でした。
これはイスラム教の発祥時代にも似ていますよね。
彼らは形式上、神聖ローマ皇帝などに従属していましたが、実際には湿地帯の独立独歩な気質が強く、統一感など皆無でした。
ブルゴーニュ家による「まとめ買い」
転機が訪れたのは14世紀から15世紀。
フランスの強力な貴族、ブルゴーニュ公爵家である。
彼らは「結婚」や「相続」、時には「買収」という手段を使って、このバラバラだったネーデルラント(低地諸国)の小国たちを、次々と自分の領土としてオセロのように獲得していきました。
これにより、現在のオランダ、ベルギー、ルクセンブルクにあたる地域が、初めて「ブルゴーニュ領ネーデルラント」という一つのまとまりとして機能し始めます。
これがオランダの原形です。
しかし、これはまだ「独立国」ではない。
あくまでフランス系貴族の「私有地」が集まったものに過ぎなかった。
華麗なる一族、ハプスブルク家へ
そして歴史のいたずらか、ブルゴーニュ家の最後の後継者(マリー)が、オーストリアのハプスブルク家(マクシミリアン1世)と結婚したことで、ネーデルラントはそっくりそのまま、ヨーロッパ最強の名門・ハプスブルク家の領土となりました。
つまり、オランダの人々にとって、支配者は「地元の領主」から「フランスの貴族」へ、そして「遠いオーストリアやスペインの王様」へと、勝手にたらい回しにされてきた歴史があるのだ。
「自分たちの運命は、自分たちで決めたい」
後の独立戦争(80年戦争)で爆発する彼らのエネルギーは、この「他人の持ち物」として扱われ続けた長い歴史への反発から生まれていると言ってもいいだろう。
第2章:ハプスブルク家の支配と宗教改革
中世を経て、ネーデルラント(現在のオランダ、ベルギー、ルクセンブルクを含む地域)は、婚姻政策によってヨーロッパ最強の王家、ハプスブルク家の所領となります。
フェリペ2世の圧政
16世紀、スペイン王フェリペ2世がこの地を支配した時、運命の歯車が回り始めます。
当時のネーデルラントは、毛織物産業や貿易ですでに経済的に豊かでした。
敬虔なカトリック教徒であるフェリペ2世は、このドル箱であるネーデルラントに対し、二つの過酷な要求を突きつけました。
- 重税: スペインの戦争費用のための搾取。
- プロテスタントの弾圧: 当時、ネーデルラントではカルヴァン派(プロテスタント)が広まっていたが、フェリペ2世は異端審問を行い、徹底的な弾圧と処刑を行った。
勤勉で質素、そして自律を重んじるカルヴァン派の教えは、商人気質のオランダ人には肌に合っていました。
彼らは、信仰の自由と経済的自立を求めて立ち上がります。
第3章:80年戦争〜世界最強スペインへの反逆〜
1568年、ついにオランダ独立戦争、いわゆる「80年戦争」が勃発します。
相手は、当時の「太陽の沈まない国」、世界最強のスペイン帝国です。
常識的に考えれば、湿地帯の小国の反乱など数ヶ月で鎮圧されるはずでした。
建国の父、オラニエ公ウィレム
ここで登場するのが、オランダ建国の父、オラニエ公ウィレム(Willem van Oranje)です。
彼は「沈黙公」とも呼ばれ、慎重かつ忍耐強い指導者でした。
彼は宗教的な寛容さを掲げ、カトリックとプロテスタントの融和を図りながら、スペイン軍に対するゲリラ戦を展開。
オランダ国歌『ヴィルヘルムス』は彼を歌ったものであり、現在のオランダ王家もこのオラニエ家の血筋です。
オランダのナショナルカラーが「オレンジ(オラニエ)」なのも、彼の名に由来しているわけです。
自由の宣言
1581年、北部7州は「連邦独立宣言(Plakkaat van Verlatinghe)」を発布。
これは、「王が国民を不当に圧迫するなら、国民はその王を廃する権利がある」という、当時としては革命的な思想を含んでいました。
この宣言は、後のアメリカ独立宣言にも多大な影響を与えたと言われている。
ここに、事実上の「オランダ連邦共和国」が誕生。
王を持たない、市民(ブルジョワジー)による共和国の誕生である。
第4章:黄金の17世紀〜戦争と繁栄の矛盾〜
驚くべきは、スペインとの戦争がまだ続いている最中に、オランダは「黄金の17世紀(Gouden Eeuw)」と呼ばれる絶頂期を迎えたことにあります。
株式会社の発明
1602年、世界初の株式会社である「オランダ東インド会社(VOC)」が設立されます。
彼らはリスクを分散させるために株式を発行し、世界中の海へ乗り出しました。
日本に漂着したリーフデ号も、出島での貿易も、この時代の出来事になります。
芸術と科学の開花
カトリック教会という巨大なパトロンがいなかったプロテスタントの国オランダでは、王侯貴族ではなく「市民」が芸術のスポンサーになりました。
レンブラントやフェルメールが描いたのは、神々の姿ではなく、市民の生活や風景だったのは印象的ですよね。
私が専門とする「古楽」の世界でも、ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンクなどの作曲家が活躍し、教会オルガンやチェンバロ音楽が高度に発達していきました。
1648年、ヴェストファーレン条約によって、ついにスペインはオランダの独立を承認。
80年にわたる戦いは終わりを告げた。
第5章:国家消滅の危機と、出島の奇跡
しかし、栄枯盛衰は世の常である。
18世紀に入るとイギリスとの覇権争いに敗れ、さらに18世紀末のフランス革命の余波を受ける。
1795年、ナポレオン軍の侵攻により共和国は崩壊。
その後、ナポレオンの弟ルイ・ボナパルトを王とする「ホランド王国」を経て、1810年、ついにオランダはフランス帝国に併合されることになりました。
なんと地図上から「オランダ」という国が消滅したわけです。
政府もなく、国旗もなく、オランダ人はフランス国民となってしまいます。
日本にだけ翻っていた「赤・白・青」
ここで、日本とオランダの絆を象徴する、歴史上のミステリーとも言える出来事が起きる。
オランダ本国が消滅した1810年から1813年の間、世界で唯一、オランダの国旗が掲げられ続けていた場所がありました。
それが、なんと長崎の出島(Dejima)だったんですね。
当時の商館長ヘンドリック・ドゥーフは、祖国の消滅を知りながらも、その事実を幕府に対して隠し通しました。
もし「オランダはもうない。今は敵国フランス領だ」と知れれば、交易は即座に打ち切られ、彼らの命も危うかったかもしれません。
ドゥーフは苦しい財政状況の中、オランダ人としての誇りを賭けて、出島のポールに三色旗を掲げ続けました。
1813年、ナポレオンが敗北し、オランダが主権を回復した後、この事実はオランダ人を驚愕させ、感動させることになります。
「国が死んでいた間も、極東の小さな島で、我々の魂は生きていたのだ」と。
このエピソードは、今日に至るまで日蘭関係の礎となっています。
コラム:出島のグレート・ブラフ(大博打)
〜幕府はいつ「オランダ消滅」を知ったのか?〜
オランダ本国がナポレオンに飲み込まれ、地図から消えていた数年間。
出島の商館長ヘンドリック・ドゥーフは、たった一人で「オランダはまだある」と嘘をつき続け、国旗を掲げ続けました。
ここで疑問が湧きます。
「優秀なスパイ網(隠密)を持っていた江戸幕府が、本当に気づかなかったのか?」
「後でバレた時、嘘をついていたドゥーフは処罰されなかったのか?」
当時の緊迫した外交事情と、日本側の反応を紐解きます。
1. バレたら即死? 決死の「情報隠蔽」
当時の幕府にとって、オランダは「唯一の貿易相手」であると同時に、海外情勢を知る「情報源(オランダ風説書)」でもありました。
しかし、幕府の論理はドライです。
「オランダだから貿易を許している」のであり、もし「オランダがフランス(ナポレオン)になった」となれば、前例のないフランスとの国交など認められず、即座に追放されていたでしょう。
ドゥーフにとって最大の危機は、1813年に訪れます。
イギリスのジャワ副総督ラッフルズ(後にシンガポールを建設する人物)が、オランダがフランス領になったことを利用し、出島を乗っ取ろうと軍艦を派遣してきたのです。
イギリス側はドゥーフにこう迫りました。
「本国はもうない。出島をイギリスに引き渡せ」
ここでドゥーフは一世一代の大博打に出ます。
彼はイギリス人に対し、「もしここで日本側に『オランダは滅びた、今はイギリス(の支配下)だ』などと明かせば、日本人は混乱し、我々全員(オランダ人もイギリス人も)を敵とみなして斬り殺すだろう」と脅し、説得。
なんと、イギリス船を「アメリカ船(中立国)」だと幕府に偽って報告させ、穏便に帰らせたのです。
この時、幕府の通詞(通訳)たちは薄々違和感に気づいていましたが、ドゥーフとの個人的な信頼関係から、彼の嘘に加担しました。
2. 真実が明かされた日(1817年)
幕府が正式に「オランダが復活し、共和国から王国になった」と知らされたのは、ナポレオン戦争が終わって数年後、1817年のことです。
新しいオランダ国王から派遣された新商館長、ヤン・コック・ブロムホフが到着し、ドゥーフと交代した時でした。
ここでドゥーフは、ついに幕府へ事の顛末を報告します。
「実は数年間、国は乗っ取られていました。しかし、私は日本との約束を守るため、その事実を伏せ、旗を守り続けました」
3. 幕府の意外な反応
激怒してもおかしくない場面です。
「将軍家を欺いていたのか!」と。
しかし、幕府の反応は意外なものでした。
「あっぱれである」
武士道社会であった日本において、ドゥーフの行動は「嘘」ではなく、「主君(祖国)が危機に瀕しても、持ち場を死守し、日本との信義を貫いた忠義」として解釈されたのです。
また、ドゥーフ自身が日本語に堪能で俳句を嗜むほどの知日家であり、長崎奉行や通詞たちと深い信頼関係を築いていたことも功を奏しました。
4. 外交の「あうんの呼吸」
当時の外交は、表向きは「厳しい鎖国」でしたが、現場(長崎)レベルでは「お互いの利益のために、都合の悪いことは見なかったことにする」という、極めて日本的な「あうんの呼吸」が存在していました。
- 幕府側: 西洋の文物が欲しいし、面倒な揉め事は起こしたくない。
- オランダ側: 世界で唯一のドル箱市場である日本を手放したくない。
この利害の一致が、ドゥーフの「優しい嘘」を許容させたのです。
結果として、ドゥーフは「日本一有名なオランダ人」として英雄視され、彼が編纂した『ドゥーフ・ハルマ(蘭日辞書)』は、その後の日本の開国・近代化に決定的な役割を果たすことになります。
オランダ人解体新書:世界一背が高く、世界一「直球」な巨人たち
歴史を学んだところで、いよいよ「現代のオランダ人」の話をしていきましょう。
20代の頃、私がオランダで受けた印象は移住先として最高の場所だったということ。
彼らは、我々日本人とは「OS(オペレーティングシステム)」が根本的に違っています。
しかし、その違いを理解し、面白がることができれば、オランダほど付き合いやすい人々はいないでしょう。
ここからは、バラエティ豊かに彼らの生態を「5つの特徴」で解剖していきます。
特徴1:コミュニケーションは「豪速球」のみ
〜「空気を読む」日本 vs 「空気を言葉にする」オランダ〜
オランダ人と話して最初に洗礼を受けるのが、その「圧倒的な直球(Directness)」だ。
日本人は「空気を読む」「行間を読む」「察する」文化ですよね。
「NO」と言う時も、「善処します」「ちょっと難しいですね」とオブラートに何重にも包みます。
しかし、オランダ人にはオブラートという概念が存在しません。
直球でいいます。
「君のそのアイデアは好きじゃない」
「その服、似合ってないよ」
「会議がつまらないから帰る」
日本人にとってそんなこと言われたら結構驚きますよね。
しかし彼らにとって悪気は1ミリもないんです。
彼らにとって「正直であること」こそが最大の誠実さとなるわけです。
日本人的には「失礼だ!」と感じるかもしれません。
しかし、裏を返せば「お世辞がない」「陰口がない」ということです。
彼らが「いいね!」と言えば、それは100%本心からの賞賛である。
筆者が20代でオランダ暮らしをして帰国した時に一番馴染めなかったのが、この直球でした。
直球で意見を言うと、日本では十中八九嫌われます。
事実を伝えて何が悪い・・・と本気で思っていました。
今でも日本人相手にお世辞は言えませんが、ノーコメントを貫くことで間接的に直球を守っています。
録音アーティストとして
音響の世界では、この気質はプラスに働きます。
演奏家に対して「今のテイクはピッチが甘い」「もっと情熱的に」と、変な気遣いなしに議論できます。
ストレートに伝えても彼らは傷つきません。
むしろ「プロフェッショナルな意見」として感謝されます。
おまけにどういうわけか、日本では録音エンジニアはスタッフの一人として見られがち。
この風潮を変えない限り、日本の文化発展は望めません。
特徴2:上司も部下もいない「平らな社会」
〜ヒエラルキーの日本 vs ネットワークのオランダ〜
オランダは、世界で最も権力格差が小さい国の一つだ。
会社の上司であっても、大学の教授であっても、基本的にはファーストネームで呼び合います。
これは、干拓地(ポルダー)で共に水を掻き出してきた歴史が関係している。
「水の前では全員平等」なのだ。
社長が自転車で通勤し、王女様が普通の公立学校に通う国なのです。
ここで日本人がやりがちな失敗が、過度なへりくだり。
「先生」「マエストロ」と崇めすぎると、彼らは居心地が悪くなるんです。
もうわかりますよね?
私が目指す古楽の世界も同じ。
巨匠であっても、エンジニアである私とは「対等なパートナー」です。
堂々と目を見て握手し、対等に議論する。それがオランダで信頼を得る唯一の作法となります。
特徴3:ケチではない、「割り勘」の美学
〜「おもてなし」の日本 vs 「自立」のオランダ〜
英語で「割り勘」を何と言うかご存知だろうか?
「Going Dutch(オランダ風にやる)」といいます。
これが世界共通語になるほど、オランダ人の金銭感覚はシビアです。
しかし、私が現地で感じたのは「ケチ(Stingy)」とは違う、「倹約(Frugal)」と「自立」の精神です。
彼らは無駄なものには1セントも払わないが、「価値がある」と認めたものには適正な対価を払う。
そして、デートであっても友人とであっても、「自分の分は自分で払う」のが、対等な人間関係の証だと考えています。
オランダでビジネスをやる時にもっとも注意しておきたいところです。
特徴4:アジェンダ(手帳)は神の啓示
〜「残業」の日本 vs 「17時帰宅」のオランダ〜
オランダ人の生活は、「アジェンダ(Agenda)」と呼ばれるスケジュール帳に支配されている。
彼らは数週間、数ヶ月先まで予定をびっしり埋める。
「今夜、飲みに行かない?」という突発的な誘いは、まず断られます。
「アジェンダに書いてないから」だ。
彼らにとって、「約束(Afspraak)」は絶対です。
仕事は17時にきっかり終わる。
なぜなら、17時半には家族との夕食という「重要なアジェンダ」があるから。
ダラダラ残業して忠誠心を示す日本とは真逆の世界だ。
Pythonの国
オランダといえば、半導体のフィリップスなども有名ですが、コンピューターの世界においては、やはりPythonを生み出した国というのは、避けて通れない事実でしょう。
このプログラミング気質はオランダ人を表現するのにぴったりの技法です。
特徴5:カーテンを開け放つ「見せる」文化
〜「塀」を作る日本 vs 「窓」を見せるオランダ〜
オランダの街を歩くと驚くことがある。
住宅の1階の大きな窓のカーテンが、全開なんです。
アムステルダムの住宅地を歩いていてもほとんどすべての家の中が丸見えです。
リビングでくつろぐ家族、飾られた花、インテリア。
彼らは隠さない。
これはプロテスタント(カルヴァン派)の、「私は神に対してやましいことは何もしていない。いつでも見てくれ」という精神性の表れだと言われています。
逆に、中が見えないように高い塀を巡らせる日本人の家を、彼らは「何か隠しているのか?」と不思議がるそうです。
20代ではじめてオランダに行った時、最初にみた衝撃の光景は、ベランダで日光浴をする全裸の女性。
日本だと逮捕・・・ですよね。
オランダ生活スペック:と「インフラの真実」
移住を決意したなら、次にすべきは「環境」のスペックを知りましょう。
どんなに素晴らしい演奏も、録音ボタンを押す前にブレーカーが落ちれば無に帰す。
どんなに稼ごうとも、決済手段を持っていなければパン一つ買えない。
今回は、『地球の歩き方』の巻末データには載っていないような、「プロの音楽家が現地で生き抜き、仕事をするためのリアルな仕様書」をシェアします。
特に電気の話は、私の機材に関わる最重要事項だ。心して読んでほしい。
1. 電源・電圧・周波数:音の命綱
日本の機材をそのままオランダへ持ち込む私にとって、ここは絶対に間違えられないのです。
【電圧(Voltage)】 230V (日本は100V)
- 危険度:MAX
- 日本の100V専用機材(古いアンプやヴィンテージ機材)をそのままコンセントに挿すと、一瞬で爆発・発火して終わります。
- 対策: 230V→100Vへの「ダウントランス(変圧器)」が必須です。しかも、音質にこだわるなら、旅行用の安物ではなく、業務用の巨大なトランスが必要になる。これは重いが、音を守るためには避けて通れない荷物です。
- ※PCやスマホの充電器など「INPUT: 100-240V」と書かれたユニバーサル対応のものは、そのまま使える。
また、Revoxの場合は、電圧切り替えスイッチが搭載されているので、オランダでも230Vに切り替えれば全く問題ないです。
【周波数(Frequency)】 50Hz (日本は東50Hz / 西60Hz)
- 重要度:高
- オランダは50Hzです。
- 私が拠点としていた日本(北海道)と同じ50Hzなので、多くの機材は問題ありません。しかし、もし西日本(60Hz)仕様のヴィンテージ・ターンテーブル(レコードプレーヤー)や、古いシンクロナスモーターを使ったオープンリールデッキを持ち込む場合、回転数が遅くなります(すぐに壊れたりはしない)。
- 現代のデジタル機材やスイッチング電源の機材は「50/60Hz」両対応がほとんど。
- 蛍光灯のフリッカー: 50Hz環境なので、日本の西日本から持ち込んだビデオカメラ等で撮影すると、照明がチラつく(フリッカー)可能性がありますので、シャッタースピードの調整は特に重要になります。
【プラグ形状】 Cタイプ または Fタイプ
- 通称「豚の鼻」。丸いピンが2本出ているタイプ。
- FタイプはCタイプにアースがついたもの。音響機材はアースが命なので、Fタイプの電源タップを現地で調達するのが最初の仕事になるだろう。
2. お金と決済:クレカの罠
オランダは、IT大国ですので、キャッシュレスが基本です。
通貨はユーロですので、間違えない様に。
2014年時点で、筆者がオランダ滞在時にお世話になったオランダの最大手スーパー「Albert Heijn(アルバート・ハイン)」などでは、現金のレーンは電気が消されていて、布が被せてあり、筆者が現金でお願いできないか?と頼み込むと、店内スピーカーで、別の店員が現れて、電気を入れ、布を取り、何やら設定をし、対応も、偽札判定機にすべて通してから決済というなんとも面倒をかけてしまった経緯があります。
いや、もちろんいいんですよ。
何も後ろめたいことはありませんが、日本だと、2025年時点でまだ田舎では「現金以外は使えるのか?」聞く必要があったりしますが、オランダだと市場でもクレジットカードやキャッシュレスは当たり前なので、安心?逆に準備しやすいと思います。
財布を持たない「IT先進国」の歩き方
オランダに到着して、現金(ユーロ紙幣)を握りしめてカフェに入ると、店員にこう言われるだろう。
「Sorry, Pin Only.(ごめん、カードだけなんだ)」(スウェーデンでも言われました)
オランダは、徹底したキャッシュレス社会です。
治安対策と業務効率化のため、現金を受け付けない店もあります。
そして、ここで使われているシステムやアプリは、日本とは少し勝手が違うので準備しておきましょう。
今回は、現地の人々(Dutchies)のスマホに必ず入っている「決済アプリ・サービス」をリスト化していきましょう。
これがなければ、オランダ生活は始まらない。
決済の王様:【Pinpas(ピンパス)】
〜クレカではない、「デビット」が市民権を持つ国〜
まず大前提として、オランダ人はクレジットカード(後払い)をあまり好まない。
彼らが使うのは銀行口座直結のデビットカード、通称「Pinpas(ピンパス)」。
- Maestro(マエストロ)の終焉とV-Pay:
これまでオランダ最強だったのはMastercard系のデビット「Maestro」だったが、2023年7月以降、新規発行が停止された。 - Debit Mastercard / Visa Debit の台頭:
現在は世界標準の「Debit Mastercard」や「Visa Debit」への移行が進んでいる。- 重要: 日本のクレジットカード(Credit)は、スーパーマーケット(特にAlbert Heijn)でまだ使えない店舗がある。「Debit(デビット)」であることが重要なのだ。
ネット決済の神:【iDEAL(アイディール)】
〜これがないと、ネットで何も買えない〜
オランダ独自のオンライン決済システム。
これが最強です。
Amazon、鉄道のチケット、家賃の支払い、デリバリー。
全てのオンライン決済画面にこのロゴがあります。
- 仕組み:
決済画面で「iDEAL」を選び、自分の銀行(ING, ABN AMRO, Bunqなど)を選ぶと、銀行アプリが起動して即時引き落としされる。 - なぜ必須か:
多くのサイトで、「日本のクレジットカードは弾かれる」が、「iDEALなら通る」からです。現地の銀行口座を開設したら、即座にこのiDEALを使えるようにしなければならない。
割り勘文化の象徴:【Tikkie(ティッキー)】
〜「後でLINE Payで送るね」のオランダ版〜
オランダ生活の必須アプリNo.1。
オランダ人は「割り勘(Going Dutch)」が大好きだが、その計算と請求を劇的に簡単にするアプリだ。
- 使い方:
飲み会の幹事が金額を入力し、WhatsApp(オランダ版LINE)でリンクを送るだけ。受け取った側はリンクをタップし、iDEAL経由で瞬時に支払う。 - 会話例:
「今日は楽しかった!支払いは?」
「I will send you a Tikkie.(ティッキー送っとくよ)」
この言葉が言えれば、君も立派なオランダ在住者!
交通系革命:【OVpay(オーフェー・ペイ)】
〜切符もICカードも不要、手持ちのカードで乗る〜
これまで必須だった交通系ICカード「OV-chipkaart」すら、過去のものになりつつある。
2023年頃から本格導入された新システム。
- 機能:
手持ちの「コンタクトレス決済対応のデビットカード/クレジットカード」や、スマホの「Apple Pay / Google Pay」を改札にタッチするだけで、電車・バス・トラムに乗れる。 - メリット:
チャージ(Top up)の手間がゼロ。観光客や移住直後の私にとっては神のようなシステムだ。
スーパーマーケット:【Albert Heijn App(アピー)】
〜レジに並ばない「セルフスキャン」〜
最大手スーパー「Albert Heijn(通称:Appie)」のアプリ。
- Zelfscan(セルフスキャン):
入り口でスマホのアプリを開き、商品をカゴに入れるたびにカメラでバーコードをスキャンする。
最後は専用ゲートでQRコードをかざして(iDEALまたは保存したカードで)決済終了。 - メリット:
レジの大行列に並ばなくていい。オランダ人の合理的精神の極みだ。
銀行アプリ:【Bunq(バンク)】など
〜店舗を持たないネオバンク〜
住所が決まる前でも開設しやすい、IT大国ならではのネット銀行。
- Bunq:
オランダ発のフィンテック銀行。スマホだけで開設でき、すぐに「オランダのIBAN(口座番号)」と「デビットカード(Apple Pay対応)」が手に入る。 - Revolut:
日本でも有名だが、オランダでも利用者は多い。ただ、iDEALへの対応度で言うと、現地のINGやBunqには一歩劣る場合がある。
3. 水事情:髪と肌の敵「カルキ」
【硬水(Hard Water)】
- オランダの水道水は飲めますし、水質は非常に良いです。しかし、硬水なので注意。
- 石灰分(Kalk)が多く含まれています。
- 生活への影響:
- シャンプーが泡立たない。
- 髪がバシバシになる。肌が乾燥する。
- 電気ケトルやシャワーヘッドが、すぐに白い石灰で詰まる。
- 対策: 酢(Azijn)や専用のカルキ抜き洗剤で定期的に掃除が必要。日本人にとっては、軟水のありがたみを痛感する日々になるだろう。
4. 通信・ネット環境:世界トップクラス
- オランダはIX(インターネット・エクスチェンジ)の拠点があり、ネット回線は非常に高速で安定しています。
- カフェや電車内(NS)でもフリーWi-Fiが飛んでいるが、セキュリティには注意。
もちろんVPNは知っていますね?
5. 交通:自転車が王様
【自転車(Fiets)】
- オランダにおいて、自転車は歩行者よりも、時には車よりも偉いんです。
- 街中には赤茶色に舗装された「自転車専用レーン」がある。ここをうっかり歩いていると、高速で走ってきた自転車に怒鳴られ、轢かれそうになります。
【公共交通機関】
- OV-chipkaart: 日本のSuicaのようなICカード。電車、トラム、バス、メトロ全てこれ一枚で乗れます。
- NS(オランダ鉄道): 正確さはヨーロッパの中では優秀だが、日本ほどではありません。予告なしの運休や行き先変更は「日常茶飯事」として受け入れる寛容さが必要です。
6. 気候と日照時間:メンタル管理の要
【天気】 「1日のうちに四季がある」
オランダの天気は変わりやすい。晴れていたと思ったら急に雨が降り、また晴れます。
実は観光地には、傘が売られています。
もちろん現地の人はフード付きの防水ジャケットを使ったり、すぐに止むからそのままの人も多いですが、それくらい天気が変わりやすく、雨が突然降ったりします。
【日照時間】
夏: 夜の22時頃まで明るい。最高にハッピーな季節です。
冬: 朝9時でも暗く、夕方16時には真っ暗になります。そして毎日だいたい曇りか雨。
北欧もそうですが、冬季うつ(Winter depression)になりやすいです。
ビタミンDのサプリメント摂取と、意識的な外出が必須。
オランダ全12州スペック表
オランダは九州ほどの広さしかないが、地域ごとの個性は驚くほど強いんです。
北部の独自の言語、南部の陽気なカトリック文化、そして西部の都市機能。
「デン・ハーグ」はどこに位置し、他の都市へはどれくらいで移動できるのか。
録音の仕事で各地の教会やホールへ出向く際、この距離感の把握は必須スキルとなります。
以下に、全12州のデータをまとめます。
※所要時間は「アムステルダム中央駅」から「各州都または主要都市」への鉄道(Intercity)での最短時間を目安としている。
| 州名 (State) | 州都 / 主要都市 | 人口 (約万人) | 面積 (km²) | 特徴・キーワード | アムステルダムからの所要時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 北ホラント州 (Noord-Holland) |
ハールレム (Haarlem) |
295 | 2,662 | 首都アムステルダムを擁する観光・経済の中心。歴史的都市が多い。 | 0分 (拠点) |
| 南ホラント州 (Zuid-Holland) |
デン・ハーグ (Den Haag) |
380 | 2,818 | 【移住予定地】 政治のデン・ハーグ、港のロッテルダム。人口密度最大。 |
約50分 (Den Haagまで) |
| ユトレヒト州 (Utrecht) |
ユトレヒト (Utrecht) |
140 | 1,449 | オランダの「へそ」。鉄道網の中心であり、宗教・教育の古都。 | 約25分 |
| フレヴォラント州 (Flevoland) |
レリスタット (Lelystad) |
45 | 1,410 | 世界最大の人工島。干拓で生まれた新しい土地。道が広く近代的。 | 約40分 |
| 北ブラバント州 (Noord-Brabant) |
デン・ボス (‘s-Hertogenbosch) |
260 | 4,919 | フィリップス発祥の地アイントホーフェンがあるハイテク産業地域。 | 約1時間 |
| ヘルダーラント州 (Gelderland) |
アーネム (Arnhem) |
213 | 4,968 | 最大の面積。「デ・ホーヘ・フェルウェ国立公園」など自然豊か。 | 約1時間5分 |
| オーファーアイセル州 (Overijssel) |
ズヴォレ (Zwolle) |
118 | 3,317 | かつてのハンザ同盟都市が点在。水路と緑が美しい。 | 約1時間10分 |
| フリースラント州 (Friesland) |
レーワルデン (Leeuwarden) |
66 | 3,349 | 独自の「フリス語」を持つ誇り高き北の民。スピードスケートが盛ん。 | 約2時間 |
| フローニンゲン州 (Groningen) |
フローニンゲン (Groningen) |
60 | 2,316 | 最北の州。歴史ある大学都市であり、若者が多い。天然ガス田も有名。 | 約2時間 |
| ドレンテ州 (Drenthe) |
アッセン (Assen) |
50 | 2,633 | 人口密度が低い田園地帯。巨石墳墓(フンネベッド)が点在。 | 約1時間50分 |
| リンブルフ州 (Limburg) |
マーストリヒト (Maastricht) |
113 | 2,145 | 南端の飛び地。オランダで唯一「山(丘)」がある。美食の地域。 | 約2時間30分 |
| ゼーラント州 (Zeeland) |
ミデルブルフ (Middelburg) |
39 | 1,780 | 「海の土地」。島々で構成され、デルタ計画の巨大堤防がある。海産物が美味。 | 約2時間30分 |
オランダ発祥の世界標準:発明と革新のカタログ
オランダに移住するということは、「発明家の国」に行くということです。
彼らは海抜以下の土地で生きるために、常に知恵を絞ってきました。
その「生存本能」と「合理主義」が、現代社会を支える数々のテクノロジーを生み出してきました。
特に我々音楽家にとって、オランダへの感謝は尽きません。
なぜなら、フィリップスがいなければ、我々は今も巨大なレコード盤を持ち歩いていたかもしれないのです。
以下に、オランダが生んだ世界を変える発明と文化をカテゴリー別にまとめました。
| カテゴリー | 発明・発祥したもの | 時代 / 年 | 代表人物・企業 / 備考 |
|---|---|---|---|
| 工業・電気 テクノロジー |
カセットテープ (Compact Cassette) | 1963年 | フィリップス (Lou Ottens) 「ポケットに入る音楽」を実現し、音楽を若者のものにした革命的発明。 |
| コンパクトディスク (CD) | 1982年 | フィリップス & ソニー デジタルオーディオの幕開け。規格開発はアイントホーフェンで行われた。 |
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| 電気シェーバー | 1939年 | フィリップス (Philishave) 回転式シェーバーを発明。生活家電の巨人としての第一歩。 |
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| オペアンプ・半導体技術 (NE5532等) | 1970年代〜 | シグネティクス (フィリップス傘下) オーディオ用オペアンプの標準「NE5532」などを供給。オランダのNXPセミコンダクターズは現在も車載半導体の最大手。 |
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| IT・通信 | Python (プログラミング言語) | 1991年 | グイド・ヴァン・ロッサム アムステルダムのCWI(国立数学情報学研究所)で開発。現在、AI開発の標準言語。 |
| Wi-Fi (IEEE 802.11) | 1990年代 | ビック・ヘイズ (Vic Hayes) 「Wi-Fiの父」と呼ばれるオランダ人技術者が、NCRとLucent(オランダ拠点)で規格を主導。 |
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| Bluetooth | 1994年 | ヤープ・ハールトセン エリクソン(オランダ・エメン研究所)にて開発。ハーラル青歯王にちなむ。 |
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| 科学・金融 | 株式市場・株式会社 | 1602年 | オランダ東インド会社 (VOC) 世界初の株式会社。アムステルダム証券取引所は世界最古。 |
| 望遠鏡 | 1608年 | ハンス・リッペルハイ 眼鏡職人が発明。後にガリレオが改良したが、特許申請はオランダが初。 |
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| 顕微鏡 | 1590年代 | ヤンセン親子 / レーウェンフック 微生物を発見し、医学・生物学の扉を開いた。 |
|
| 文化・芸術 | 油絵具の完成 | 15世紀 | ファン・エイク兄弟 油彩技法を確立し、緻密な描写を可能にした。フランドル絵画の祖。 |
| リアリティ番組 (Big Brother) | 1999年 | エンデモール社 (Endemol) 「一般人の生活を覗き見る」フォーマットを発明し、世界へ輸出。 |
|
| 農業 | オレンジ色のニンジン | 17世紀 | オランダの農家たち 元々ニンジンは紫や白だったが、建国の父オラニエ公(オレンジ家)に敬意を表して品種改良されたものが世界標準になった。 |
1. 「フィリップス」という巨人
表を見てわかる通り、オランダの技術史はフィリップス(Philips)と共にあります。
特に我々にとって重要なのは、彼らが「カセットテープ」と「CD」という、二つの巨大な音楽メディア規格を作ったことです。
単に技術が高いだけでなく、「世界中の人が使える規格(スタンダード)にする」というビジネス手腕が凄まじいのです。
2. Pythonを生んだ「合理的精神」
AIやデータ解析の標準言語であるPython。
開発者のグイド・ヴァン・ロッサムは、アムステルダムの研究所で「もっとシンプルで読みやすい言語はないか」と考え、これを開発しました。
この「Simple is Best」の精神は、オランダのデザイン(ダッチ・デザイン)や都市計画にも通底しています。
私の録音スタイルも、無駄な機材を排し、マイク一本の配置(マイキング)で勝負する純粋さを追求したいと考えています。
3. ニンジンに見る「ブランディング力」
個人的に最も感銘を受けるのが「オレンジ色のニンジン」のエピソードです。
国のリーダー(オラニエ家)の色に合わせて野菜の色を変えてしまい、それを世界中に広めてしまった。
この「ブランドを物語として定着させる力」。
この国には、新しいものを生み出し、それを世界標準にする「空気」が流れています。
その空気を吸いながら、私は音を創る。
オランダの政治と地政学
なぜ、九州ほどの面積しかない国が、EUの主要国としてドイツやフランスと対等に渡り合えるのか。
その秘密は、彼らの独特な政治システムと、地政学的な立ち回りのうまさにあります。
オランダの政治を一言で言えば「妥協の芸術」であり、軍事は「徹底した効率化」に見ることができます。
この国が持つ冷徹なまでの合理性を、最後の基礎知識として頭に叩き込んでおきましょう。
1. 政治形態:永遠に話し合う国
〜ポルダーモデルの政治版〜
【立憲君主制 + 議院内閣制】
- 国家元首: ウィレム=アレクサンダー国王(King Willem-Alexander)。
- 政治的権限はほとんど持たないが、連立政権樹立の際の調整役や、国民統合の象徴として機能する。ちなみに彼はKLMの副操縦士としてお忍びで飛んでいたこともある、非常に気さくな王様です。
- 議会: 二院制(上院・下院)。実権は下院(第二院)にある。
【完全比例代表制と「連立地獄」】
ここが日本と最大の違いとなります。
オランダの選挙は「完全比例代表制」であり、阻止条項(得票率○%以下は議席なし、という足切り)が実質ないに等しい。
- 結果: 無数の小政党が乱立する。動物愛護党や高齢者党などが議席を持つのは当たり前。
- 連立政権: 単独過半数を取る政党はまず現れない。常に3〜4つの政党が手を組む「連立政権」となる。
- 「形成(Formatie)」の長さ: 選挙が終わってから、どの党と組むか、政策をどうすり合わせるかの話し合いに、平気で半年〜1年近くかける。世界一「組閣に時間がかかる国」の一つだ。
- しかし、この徹底的な議論のおかげで、決まった政策は安定して運用される。これがオランダ流の民主主義だ。
【現在の政治潮流】
- 長らく中道右派のルッテ首相が率いてきたが、近年は欧州全体の傾向と同様、「移民抑制」「自国第一」を掲げる右派政党(PVVなど)が台頭。
- 私のようなこれから移住する人間にとって、ビザ要件の厳格化などは注視すべきリスク要因となります。
2. 選挙権:外国人も「政治」に参加できる?
ここが重要です。
我々日本人がオランダ政治に参加できるチャンスはあるのか。
国政選挙はオランダ人のみとなります。
【地方選挙(市議会など)】
- ここにオランダの寛容さがある。
- EU市民: 移住直後から投票可能。
- 非EU市民(日本人含む): 合法的に5年以上居住していれば、国籍がなくても地方選挙の投票権・被選挙権が与えられます。
3. 軍事と安全保障:ドイツと「合体」する軍隊
オランダの軍事戦略は、世界でも類を見ないほどユニークかつ合理的です。
信じられないかもしれないですが、オランダ陸軍の主力部隊(3つの旅団すべて)は、ドイツ陸軍の師団に統合されています。
- 戦車の運用などをドイツと共有し、実質的に「オランダ・ドイツ連合軍」として機能しているわけです。
- かつてナチスに占領された歴史を持ちながら、戦後数十年でここまで信頼関係を築き、効率化のために軍隊を融合させる。この「過去より未来と実利」を取る姿勢こそ、オランダのすごさです。
- 陸をドイツとの連携に任せる分、空軍(F-35戦闘機の導入)と海軍(潜水艦やフリゲート艦)には独自に力を入れている。海洋国家としてのプライドともいえますね。
4. 地政学:ヨーロッパの「玄関口」としての宿命
- オランダの地政学的な最強のカードは、ヨーロッパ最大の港「ロッテルダム」です。
- ドイツ、フランス、スイスなどへ運ばれる物資の多くがここを通り、オランダは「ヨーロッパの物流の首根っこ」を押さえているわけです。
【対周辺国関係】
- 対ドイツ: 最大の貿易相手国。経済・軍事ともに「運命共同体」。
- 対イギリス: 海を挟んだ隣人。ブレグジット(EU離脱)後は、イギリスから拠点を移す企業を積極的に誘致し、漁夫の利を得た。
- 対フランス: EUの主導権を巡って時に対立するが、基本的には協調。
5. 地政学リスクと課題
もちろんバラ色ばかりではなく、オランダが抱えるリスクも直視する必要があります。
【リスク1:水と気候変動】
- 最大の敵は、ロシアでもテロでもなく「水」。
- 国土の1/4が海面下。気候変動による海面上昇は、国家存亡の危機に直結する。治水技術への投資は、彼らにとって国防費そのものとなります。
【リスク2:エネルギーとロシア】
- オランダ(フローニンゲン)には巨大な天然ガス田があったが、地震誘発のため閉鎖に向かっている。
- ロシアからのエネルギー依存脱却と、再生可能エネルギーへの転換(洋上風力発電など)が急務となっている。
【リスク3:国内の分断】
- ハウジング・クライシス(住宅不足)が深刻化しており、家賃の高騰が若者や低所得者を直撃している。
- これが移民排斥論調に繋がり、社会の「寛容さ」が揺らぎ始めている。移住者の家が見つかりにくいのが現状です。
【総括】オランダ基礎知識まとめ
ここまで、歴史、国民性、生活スペック、発明、そして政治・地政学を見てきた。
浮かび上がってくるオランダの像は以下の通りだ。
- 徹底した合理主義: 感情よりも「計算」と「対話」で解決する。
- 自由と寛容: ただし、それは「自立した個人」同士の間でのみ成立する。
- 商人の魂: 良いものは良いと認め、対価を払う。技術や芸術へのリスペクトがある。
- インフラの強さ: 物理的(港・鉄道)にも、デジタル(IT・金融)にも強い。
これからもオランダの基礎知識が増えていけばこのページを増設していこうと思います。