【復刻】焦土からの再起——昭和20年『無線と実験』に刻まれた、日本のオーディオ技術の原点と先人たちへの敬意

皆さんは、日本のオーディオ技術がどこから始まったか、想像したことはあるでしょうか。

本日も前回に引き続き、2019年に別添付録として復刻された無線と実験の資料から。

その中身は昭和20年(1945年)7・8月合併号の『無線と実験』です。

昭和20年夏。
日本中が空襲に晒され、主要都市は焼け野原となり、人々の生活は困窮を極めていました。
そして8月15日、敗戦。

そんな絶望的な状況下にあって、この雑誌は発行されました。

本日はこの情報資料をもとに先人たちへの敬意を持って書いていこうと思います。

この合併号に掲載された記事と編集後記を紐解き、焦土の中から日本の技術的未来を信じ、雑誌を出し続けた先人たちの執念と、科学技術への尽きせぬ探求心を、当時の内容を引用しながら振り返りたいと思います。
現代の私たちが享受している技術の恩恵は、間違いなく彼らの血の滲むような努力の上に成り立っています。

1. 敵国の最新技術を冷静に見つめる探求心

記事のページをめくると、まず驚かされるのは、終戦直前の日本にあって、敵国であったアメリカの最新オーディオ技術が紹介されていることです。

その記事こそ前回紹介した「G.E. の新磁氣録音器」でした。

まだRevoxなどのオープンリールデッキが誕生するより前、磁気テープの代わりに「鋼線(ワイヤー)」を使用したワイヤーレコーダー(鋼線録音機)の解説です。

引用:驚異の「人間の髪の毛」ほどの録音媒体

記事は、総重量約45ポンド(約20kg)の新型機の性能を、冷静に、かつ貪欲に分析しています。

“鋼線の直径は 4/1000インチ(約0.1mm)で人間の頭髪と同じくらいである。…直径約9.5cm(3 3/4インチ)のスプール(巻枠)にたっぷり2マイル(約3.2km / 11,500フィート)巻き得るもので、これだけあればたっぷり1時間以上の演説を楽に収録可能である” (※image_0.pngの内容を基に意訳・抜粋)

現代のテープコーダーの祖先にあたるこの技術に対し、日本の技術者たちは深い関心を寄せていました。

引用:ワイルドな「ハサミとライター」での編集

さらに、録音した音声の編集(記事内ではダビング、継ぎ合わせと表現)の方法についての記述も、当時の技術水準を物語る非常に興味深いものです。

“継ぎ合はすには、継ぎ合はす鋼線の末端をそれぞれマッチかライターの焔でなまして、つなげばよいといふ簡単さ” (※image_0.pngより)

切断したワイヤーの端をライターで炙って柔らかくし、物理的に結んでつなぎ合わせる。

そんなプリミティブな方法でありながら、再生ヘッドを通過できるという実用性の高さに、先人たちは注目していました。

情報が遮断された戦時中にあっても、海外の優れた技術に対し、偏見を持たずに冷静に分析し、吸収しようとする彼らの貪欲な探求心こそが、戦後の日本のモノづくりの原動力であったと感じずにはいられません。

2. 敗戦の絶望と、科学技術への痛切な反省

続いて、同じ号の最後に掲載されている「編輯後記(編集後記)」に目を向けてみましょう。

ここは、昭和20年8月15日の玉音放送を聴いた直後の、日本の科学技術者たちの「叫び」とも言える生々しい記録です。

引用:8月15日のマイクとラジオ

記事は、歴史的な8月15日の正午の様子から始まります。

“8月15日正午、畏くも 天皇陛下は御自らマイクを通じて終戦の大詔を宣らせ給ふた。涙のうちに一億はこの御聲を拝聴した。…我らは現実を冷静に認識し、承詔必謹、詔書の御趣旨を奉じて新しい日本の歩む道に大いに勇気を振起して精進するのみである”

敗戦という絶望の中で、彼らはすぐに「新しい日本の歩む道」を見据えています。
このメンタリティーこそが、戦後の高度経済成長を支えた武士道であるといえるのかもしれません。

筆者も音楽家、そして技術的な分野も担う存在として先人たちのポジティブな精神性を見習いたいと思うわけであります。

そして、それに続く段落では、技術雑誌ならではの痛切な反省が綴られています。

引用:「科学力の敗北」への悔しさ

“原子爆弾の恐るべき偉力のために、幾千の生霊その他の戦力物資をなほざりにしながら降伏の已むなきに立ち至ったことは誠に我々も残念なことである。今にして、国民は深く科学力の恐ろしさを認識したことであらう”

彼らは、戦争の結末を「科学力の敗北」として捉えました。

精神論に逃げることなく、圧倒的な技術の差、とりわけ原子爆弾という現実を見せつけられたことへの悔しさ。

そして、「科学技術の重要性」を痛感し、今後の日本のために邁進しなければならないという強い決意が、この1ページに凝縮されています。

3. 焼け野原から雑誌を出し続ける「執念」

さらに胸を打つのは、この雑誌が出版された背景です。

引用:B-29の空襲と全焼

“B-29 の空襲によって小社の社屋附近は全焼し、あたり一面青々と菜園化された戦災地に小社のみが、少からざる被害を被りながらも毅然として立つてゐる。…印刷工場も製本工場も戦災を蒙つた”

発行元である誠文堂新光社の周辺は空襲で焼け野原(菜園化された戦災地)となり、印刷所も製本所も被害を受けていました。

奥付(発行日の記録)を見ると「昭和20年7月1日発行」とありますが、本文には明らかに8月15日以降の出来事が書かれています。

これは、空襲による被害や物資不足で発行が絶望的に遅れ、終戦を挟んで何とか絞り出すようにして世に送り出された、まさに「執念の合併号」であったことを物語っています。

まとめ:先人たちの「粉骨砕身」の誓いの上に

編集後記は、最後にこう締めくくられています。

“我々は敗戦の裡から眞に正しい科学技術昂揚のために、その強力なる推進力としての科学技術雑誌の使命完遂に益々粉骨砕身しなければならない”

「粉骨砕身」。

この言葉の重みが、現代の私たちにも強く響きます。

戦後、日本が世界に冠たる技術立国、オーディオ大国、エレクトロニクス大国へと成長していった原動力が、まさにこの「焼け野原からの悔しさと決意」にあったのだと、この昭和20年の『無線と実験』は克明に伝えてくれます。

この後、ワイヤーレコーダーは磁気テープへと進化し、ソニー(当時は東京通信工業)が日本初のテープレコーダー「G型」を開発(1950年)。

そしてテクニクス、パイオニア、JVCといった日本ブランドが、RevoxやStuderといった海外の名機と肩を並べ、超えるようなオーディオ黄金期へと繋がっていきます。

現代の私たちが、いつでも高音質な音楽を楽しめる恩恵は、焦土の中から日本の技術的未来を信じ、粉骨砕身の努力を重ねた先人たちの執念の上にあるのです。

この貴重な記録をここに復刻し、日本のモノづくりの原点に立ち返るとともに、先人たちへの深い尊敬と感謝を捧げたいと思います。


【資料】昭和20年(1945年)『無線と実験』7・8月合併号 「編輯後記」全文

【資料の引用について】

本記事における『無線と実験』昭和20年7・8月合併号「編輯後記」の全文掲載は、敗戦直後の焦土の中にあって、日本の科学技術の復興を信じ粉骨砕身した当時の技術者・編集者の方々への深い敬意と、その歴史的資料価値を後世に伝える目的で行っております。

原典は1945年の発行であり、著作権の保護期間は満了しているものと認識しておりますが、本テキストの文字起こしにあたっては、株式会社誠文堂新光社様による『無線と実験(MJ)』2019年5月号別添付録(復刻版)を底本とさせていただきました。

戦火を乗り越え、現代までこの貴重な歴史的資料を保存・復刻してくださった関係者の皆様、および株式会社誠文堂新光社様に深く感謝と敬意を表し引用させていただき、広く次の世代に先人たちの精神性を伝える一助になれますように願いながら。

□ 8月15日正午、畏くも 天皇陛下は御親らマイクを通じて終戦の大詔を宣らせ給ふた。涙のうちに一億はこの御聲を拝聴した。初めて拝する尊き玉音、ああこれが……一億民草の力及ばずしてと、ただ御詫び申上げるばかりである。既にして事は決した。必勝の合言葉の下に、黙々最後の必勝を期して國民は實によく戰ひ抜いた。働いた。しかし、今となつては徒らに失望落胆しても詮なきことである。我らは現實を冷静に認識、承詔必謹、詔書の御趣旨を奉じて新しい日本の歩む道に大いに勇氣を振起して精進するのみである。

□ 原子爆彈の恐るべき偉力のために、幾千生靈その他の戰力物資をなほざりにしながら降伏の已むなきに立ち至つたことは實に我々も残念なことである。今にして、國民は深く科學力の恐ろしさを認識したことであらう。要路の人々も科學技術の重要性を切實に痛感したことであらう。何がために斯くなつたか、我々は三思三省すべきである。

□ B-29 の空襲によつて小社の社屋附近は全焼し、あたり一面青々と菜園化された戰災地に小社のみが、少からざる被害を被りながらも毅然として立つてゐる。傍系會社はやはり燒けた。倉庫も全焼した。印刷工場も製本工場も戰災を蒙つた。社長はじめ罹災した社員も少くない。否罹災しないものを算へた方が早いほどである。しかし一同は容易なことでは屈しない。毎日廣々とした戰災地の中を遙かに社屋を望み見ながら、幾多の艱難の道を踏み越え乗り越えて、我々に課せられた科學技術の振興といふ重大責務に決死敢闘して來た。戰ひは畢つた。我々は敗戰の裡から眞に正しい科學技術昂揚のために、その強力なる推進力としての科學技術雑誌の使命完遂に益々粉骨砕身しなければならない。

□ 戰災以來、編輯局一同の絶大なる努力にも拘はらず、本年も既に大半を途つたが、發刊された本誌は 1月號、2月號、4-5月合併號及び本號の 4冊にしか過ぎない。筆舌に盡し難い諸困難、諸事情のためとはいふものの、執筆者及び愛讀者各位に對して誠に申譯のない次第である。然しながら遲れながらも廢刊することなく、續刊して來たことは基礎が堅牢なわけで、總て今後の大飛躍を約束するものである。即ち、ここに戰時版として總ページ數僅か 16ページの本號を發行することとした。これは申すまでもなく戰時の特例であつて、次號からは次第に復舊し、質も量も立派に整備したものを作る心組であるから、大いに御期待ありたい。

□ 技術院後援の電波兵器の創意工夫懸賞募集は發表以來各位の熱誠なる愛國心によつて多數應募されたことは、主催者は勿論のこと、審査に當られた陸海軍當局、後援の勞をとられた技術院の各位が齊しく感謝されてゐるところである。應募された創意工夫は直ちに審査に移したが全體を通じて感じたことは一體に低調、或は既に考へられたことが多く、ために眞の創意なり工夫なりとして本誌に登載し得るものは一つもなかつた。これは電波兵器に關する優秀な人達が軍に動員され野に遺賢のなかつたこと、發表以來短時日であつたことなども原因の一つと擧げられる。しかし、事態がかくなくなつた上は本懸賞募集は一應打ち切つて後日何等かの形式で廣く各位の創意工夫を募りたいと思ふ。その際の御後援を我々は今から大いに願ふと共にこれまでの御協力を深謝する次第である。なほ本計畫の最初より種々御配慮を仰いだ技術院の廣瀬課長、陸軍の齋藤中佐、高村大尉、海軍の池田中佐、正木少佐、西原技師に對し深く感謝の意を表するものである。

□ 次に本誌編輯局では近々、「最新受信用眞空管の知識」と題する圖書を發賣の豫定である。これは内外の受信用眞空管一切の特性、規格、使用法を網羅するものである。この種のものは從來その類を見ず、或は圖書雑誌の附録として、或は眞空管製造會社の型録として不備なるものを見受けるのみで、研究者、技術者その他眞空管使用者が齊しくその必要を痛感してゐたものである。いま、本書の内容を少しく紹介すると、全受信用眞空管の特性及び規格、各種使用法、使用上の注意、標準回路集、特性及び規格の表現に用ひられる用語・術語の説明その他受信用眞空管に關する必須知識等である。なほ、本書は出來上つた部分から順次發賣し、完結の上は合本するなり綴ぢ込むなりして使用されるやうにお勧めする。


【奥付枠内】

第32巻・第4號 (通巻・第253號) 昭和20年6月28日 印刷納本  昭和20年7月1日 發行 編輯人  寺澤春潮 發行人  小川菊松 印刷人  小坂 孟 (東京1)大日本印刷株式會社 東京都神田區錦町1丁目5番地ノ5 發行所  株式會社 誠文堂新光社 電話・神田(29)2126〜29 大阪市東區備後町1丁目41番地 關西支局 電話・船場1922 配給元  東京都神田區淡路町2丁目9番地 日本出版配給統制株式會社 東京都神田區錦町2丁目22番地 廣告一手取扱 株式會社 内外通信社博報堂 電話・高田 2181(10)

本誌の記事、寫眞、圖面等の無断轉載を禁ず。


【右端欄外】

2019年5月号別添付録 非売品

朝比奈 幸太郎
音楽家・録音アーティスト

この記事を書いた人:朝比奈 幸太郎

音大卒業後ピアニストとして活動後、渡独。
帰国後タイムマシンレコード・五島昭彦氏に師事し、究極のアナログ録音「金田式DC録音」の技術を継承。
Revox等のヴィンテージ機材のレストア技術を持ち、マイク、アンプ、スピーカーに至るまでシステムを根底から自作・設計する録音エンジニア。
物理特性と芸術性が融合する「本物の音」を追求・発信している。