新約聖書は実質300年間追記ができ、325年になり、ようやく書き換えができなくなりました。
世界中の継承資料は、伝言ゲームのようにわずかですが変化しながら今日まで伝わってきたと考えるのが自然です。
旧約聖書も然り。
どの程度書き換えられているかは定かではありませんが、実際に判明している編集や時期をしっかり把握しておきましょう。
執筆者は誰か?
旧約聖書は創世記一つとっても、例えば神は男と女を同時に創ったはずなのに、2章では、男の肋骨から取り出して創ったことになっていたりと、やはり矛盾を指摘せざるを得ないものがたくさん含まれています。
他にもノアの洪水は40日だったとする記述と150日だったとする記述、加えて、そもそもの唯一神の呼び方はヤハウェとエロヒム二種類あります。
もちろん唯一神であっても名称が変わることは不自然なことではなく、むしろ神の名称は筆者自身もなんでもいいと思いますが、なぜこのような矛盾が起こるのでしょうか。
それが、長い時間をかけて執筆されたものであることに加えて編集や編纂の時期がかなりの期間になってしまっていたことが挙げられます。
唯一神の呼び方と文書仮説
詳しくは後述しますが、創世記や全体の調整と編集は以下の主要な文書源に基づいています。
- ヤハウィスト資料(J): 紀元前10世紀頃、南王国ユダで書かれたとされる。
- エロヒスト資料(E): 紀元前9世紀頃、北王国イスラエルで書かれたとされる。
- 申命記資料(D): 紀元前7世紀後半、ヨシヤ王の宗教改革時に書かれたとされる。
- 祭司資料(P): 紀元前6世紀、バビロン捕囚時代に書かれたとされる。
これらのイニシャルが著者というわけですが、ヤハウィストというようにJの記述では神はヤハウェであり、エロヒストである、Eの記述では、エロヒムと記述されます。
また、時代をみても分かる通り、JとEの群、そして、DとPのグループの時代が近いことがうかがえます。
実際に記述の癖としてもこの二つのグループによって書かれたと考えるのが自然です。
これらの異なる名称ではありますが、解釈と理解の面で見ると、言葉の用法によって使い分けられていると解釈することができます。
ヤハウェとエロヒムの使用に関する聖書とユダヤ教の理解
ヤハウェ(YHWH)
- **ヤハウェ(YHWH)**は、旧約聖書で最も頻繁に使用される神の名前であり、特に神の個人的で独自の名前としてイスラエルの神を指します。この名前は「テトラグラマトン」として知られ、約6823回登場します (Jewish Encyclopedia) (Encyclopedia Britannica)。
- ヤハウェは特に、出エジプト記3章14節でモーセに対して「私はある(I Am)」と名乗った場面で重要視されます。この名前は「存在する者」を意味し、神の永遠性と自存性を強調しています。
エロヒム(Elohim)
- **エロヒム(Elohim)**は、旧約聖書において神を指す多くの名前の一つであり、特に創世記1章1節で神の創造の行為を説明する際に使用されます。エロヒムは文法的には複数形ですが、ヘブライ語では単数動詞と共に使用され、唯一の神を意味します (Jews for Judaism) (Wikipedia)。
- この名前は神の力と権威の全体性を表すために用いられ、しばしば神の創造の力や裁きの権威を強調する文脈で使用されます。
ユダヤ教における使用
- ユダヤ教では、ヤハウェが神の最も神聖で個人的な名前として広く認識されていますが、エロヒムも頻繁に使用されます。特に、神の多様な属性や力を強調する際にエロヒムが用いられます。
- 歴史的には、ユダヤ教の伝統においてヤハウェの名前は非常に神聖とされ、直接発音することを避けるために「アドナイ(主)」や「ハシェム(名前)」などの代替名が使用されることが一般的です (Jewish Encyclopedia)。
創世記とバビロン捕囚
旧約聖書がかなり大規模に編集されたのがバビロン捕囚時代だったと言われています。
バビロン捕囚(紀元前586年〜紀元前538年)は、ユダ王国がバビロン帝国に征服され、多くのユダヤ人がバビロンに連行された歴史的出来事です。
特にバビロンの宗教は多神教で、主神マルドゥクを中心に多くの神々が崇拝されていましたから、唯一神であるユダヤ教徒とは宗教的には交わりが難しかったことでしょう。
この期間中、ユダヤ人の宗教的および文化的生活に大きな変化が生じ、聖書の一部が編纂または編集されたと考えられています。
創世記を含む旧約聖書の五書(トーラー)は、伝統的にモーセによって書かれたとされていますが、現代の聖書学者の多くは、これらの書物が複数の著者によって異なる時期に書かれ、編集されたと考えており、昨今の解釈の主流になっています。
創世記1:14-19とバビロン捕囚
創世記1章の天地創造の物語は、特に**祭司資料(P)**に由来する部分とされており、バビロン捕囚時代に書かれた可能性があります。
- 創世記1:1-2:4a: この部分は秩序立った構造と神の創造の力を強調しており、祭司資料の特徴を持っています。
- バビロン捕囚の影響: バビロン捕囚時代、ユダヤ人はバビロンの宗教や文化と接触し、その影響を受けました。
実はバビロンの神話(例:エヌマ・エリシュ)と旧約聖書とのの類似点が指摘されることがあります。
バビロン捕囚時代に、既存の伝承や文書が再編纂され、現在の形に整えられた可能性があります。
この過程で、新しい要素や視点が加わったことも考えられます。
バビロンの神話や宗教的概念がユダヤ教に影響を与え、創世記の編纂にも影響を与えた可能性がありますが、では具体的にどのような類似点があるのでしょうか?
バビロンの神話との比較をしてみましょう。
項目 | バビロンの創造神話(エヌマ・エリシュ) | 旧約聖書の創世記 |
---|---|---|
創造の開始 | 無限の水の中にアプスーとティアマトの二神が存在 | 神が天と地を創造(「初めに、神は天と地を創造された」) |
主要な神々 | マルドゥクが中心的な神として創造を行う | 唯一の神(ヤハウェ)が創造を行う |
創造の過程 | マルドゥクがティアマトを倒し、その身体から天地を創造 | 神が6日間で世界を創造し、7日目に休む |
人間の創造 | マルドゥクがキングゥの血を用いて人間を創造 | 神が人間を土の塵から創造し、命の息を吹き込む |
目的 | 神々の労働を肩代わりする存在として人間を創造 | 神の姿に似せて人間を創造し、地を治めさせる |
神と人間の関係 | 神々の奴隷として人間を位置付ける | 神と人間の親密な関係を強調 |
天地創造の順序 | 混沌から秩序を創出、天地を分離 | 光、天、地、海、植物、星、動物、人間の順に創造 |
休息の日 | 特に記述なし | 7日目に神が休息し、安息日を制定 |
旧約聖書の編集が行われたと考えられる時期
旧約聖書の編纂と編集が行われたと考えられる主要な時期について、当然可能性の話ですので、この時期に書き換えがあったと指摘するものではありません。
ソロモン王の時代(紀元前10世紀頃)
バビロン捕囚時代よりも先にソロモン王の時代に編集が開始されたと考えられています。
ソロモン王の時代はイスラエル王国の最盛期であり、政治的安定と文化的繁栄が見られました。
この時期に、口伝されていた神話や伝承が文書化され始めたと考えられています。
初期の王国史や宗教的な規範が文書化されたと同時に、ヤハウィスト資料(J)と呼ばれる部分がこの時期に成立したとされます。
ヨシヤ王の宗教改革(紀元前7世紀後半)
ヨシヤ王は、ユダ王国の改革者であり、偶像崇拝を廃し、ヤハウェ信仰の純化を目指しました。
この宗教改革の一環として、モーセの律法が再発見され、宗教的文書が再編纂されたとされています。
申命記資料(D)がこの時期に書かれたと考えられており、律法と歴史書の一部が編集され、宗教改革の思想が反映されました。
バビロン捕囚時代(紀元前6世紀)
バビロン捕囚はユダヤ人にとって重大な転機となり、宗教的アイデンティティの再確立が必要とされていました。
そんな中で、捕囚中および捕囚後に、聖書の再編纂と編集が行われたとされています。
祭司資料(P)と呼ばれる部分がこの時期に編集されたと考えられており、創世記の天地創造の物語や出エジプト記、レビ記、民数記の一部がこの資料に含まれます。
エズラとネヘミヤの時代(紀元前5世紀)
バビロン捕囚からの解放後、ペルシャ王キュロスの許可を得て、多くのユダヤ人がエルサレムに帰還しました。
帰還後、ユダヤ人社会の再建と宗教的復興が進められました。
エズラとネヘミヤは、律法の復興とユダヤ教の再確立を推進し、旧約聖書の五書(トーラー)が最終的に編集され、現行の形に整えられたと考えられています。
聖書の数と世界の出来事
最後に紀元前5世紀ごろに聖書はどれくらいの数存在していたか?を考えてみました。
- エルサレム神殿: 少なくとも1冊の公式なトーラーの写本。
- シナゴーグ: エルサレムとその周辺に数十冊のトーラーの写本。
- 個人所有: 富裕層や学識者、祭司階級が所有する少数の写本。
全体として、エズラとネヘミヤの時代に存在したトーラーの写本は数十冊程度と推定されます。
また、この聖書が完成したとされる時期は世界的にも宗教の重要な出来事が詰まっていた時期です。
古代ペルシャ帝国:
- キュロス大王の統治とユダヤ人のバビロン捕囚からの解放
- ペルシャ戦争
古代ギリシャ:
- 古典期の黄金時代
- 哲学者ソクラテス、プラトン、アリストテレスの活動
古代エジプト:
- ペルシャによる支配
古代インド:
- マガダ王国の隆盛と仏教の成立
中国:
- 戦国時代の始まりと孔子の活躍
特に孔子の活躍や仏教の成立、ギリシャ哲学の思想開始など、忘れ去られた神々を人類が思い出すきっかけとなる出来事が詰まっていたと言えます。